辛酸なめ子と行く新装オープンの熱海秘宝館「エモい昭和」だけじゃない令和ならでは展示に身も心も浄化
親に嘘ついて秘宝館を初体験した思い出も
性の歴史と文化をテーマにした娯楽施設「熱海秘宝館」(静岡県熱海市)が、1980年の開館以来初となる大改修を終え、先ごろ新装オープンしました。男性目線のエロチシズムから、多様な性のあり方を意識した現代的な展示にシフトしたと聞き、各地の「オトナのためのテーマパーク」探訪をライフワークとするコラムニスト・辛酸なめ子さんと一緒に訪ねてみました。(読売新聞メディア局 市原尚士) 【写真】熱海秘宝館で、赤ちゃんになれなかった精子の無念さに思いを馳せる辛酸さん 「裸の女性の人形が並ぶ秘宝館は、シュールだったり、キッチュな感じだったりして、施設全体がアートと言ってもいいと思います。奇妙な懐かしさを感じられる空間は、女性客がツッコミを入れながら楽しく回れる雰囲気も漂っていて、私は20代から今までずっと好きでした」 開館当初から熱海秘宝館のシンボルであり続けるマーメイドのフォトスポット前に立ち、辛酸さんは秘宝館の魅力をそう語ります。 人生初の秘宝館体験は20数年前。家族旅行で大分県別府市を訪れた際、「独りの自由時間にこっそり行った別府秘宝館」だったそうです。続く体験は、三重県鳥羽市の「元祖国際秘宝館鳥羽館・SF未来館」。家族には、「ちょっと鳥羽水族館に行ってくる」と嘘をついて訪ねたと回想します。 その後も、栃木県日光市の「鬼怒川秘宝殿」や、秘宝館ではないものの類似施設として知られた兵庫県洲本市の「ナゾのパラダイス」、群馬県吉岡町の「珍宝館」「命と性ミュージアム」など、延べ10か所ほどに足を運びました。 「一人で行くことも多かったので、男性客に囲まれるとちょっと怖いと感じることもありましたが……。そこまでガチに性欲を刺激しない、ユルさが良いのでしょうね。温泉街などの観光地にあることが多いので、温泉のついでに寄ってリラックスできるスポット、という位置づけです」と辛酸さん。熱海秘宝館も2回、訪れたことがあるそうですが、新装後は今回が初めてです。
五感刺激する展示新設
新たな熱海秘宝館の目玉は、目に入る情報だけではありません。においを嗅いだり、音声を聴いたり、触覚を刺激されたりして、想像力と創造力をかき立てられる新設コーナー「ネオ秘宝館」です。 ジャスミン、イランイラン、パチュリなどをブレンドしたアロマオイルの香りが漂う空間には、官能小説の独特な言語表現を楽しく学べるコーナーがあります。南里征典や北沢拓也ら著名作家の官能小説663冊の中から、官能小説ならではと思われる約2300語をセレクトした「官能小説用語表現辞典」(永田守弘編、ちくま文庫)を参照し、作家がこだわり抜いた表現の多様さを堪能しようという趣旨。 皮をむいたバナナの上に、「コブラ」「ブットイの」「灼熱の砲身」といった言葉が所狭しと記載されています。また、開かれた貝殻の内部には、「あたたかい秘密」「淫門」「ワインをたらされたアワビ」等の言葉が並びます。 辛酸さんは「さすがに音読ははばかられますが……」と言いつつ、「文字のフォントや展示の仕方が凝っていて、センスの良さを感じるからか、変な恥ずかしさはありません。昭和のレトロな秘宝館コーナーのしっとりした空気でリビドー(性的欲望)を刺激された方も、この部屋の文学的な雰囲気でクールダウンできそうです」。おしゃれな内装と、知的な展示を楽しんだようです。 同性愛者の社会的地位向上を旗印に、1971年に創刊されたゲイ雑誌「薔薇族」の表紙絵を約15年にわたり担当したイラストレーター・内藤ルネ(1932~2007年)の作品も展示されています。 隠微な雰囲気が漂っていた旧秘宝館と「ネオ秘宝館」を比べ、辛酸さんは「アナログで味がありエモい昭和の秘宝館部分を生かしながら、知的好奇心を刺激され、学びにもなる令和のコーナーが加わりました。ちゃんとアップグレードされています」と評価。「『このままでは、日本の秘宝館はゼロになってしまうのかも……』と心配していましたが、熱海では時代に合わせて進化したので、まだ存続できそうですね」と、胸をなでおろしていました。