体力が落ち、目がかすみ、あげくは「癌」まで……。歳を重ねて衰えた人間が「ここぞ」で見せる、圧倒的な「成長」
七十代はまだまだ「老人のアマチュア」
この物語にはキーワードがいくつか出てくる。その中のひとつが、七十代を「老人のアマチュア」と呼ぶことだ。心身が老化していくことは、五十代の頃から少しずつ慣らされていくものだが、本格的な老いは人生初めてのことだ。 誰しも人生は一回きりだという厳しさをしみじみと思った。がくんと体力が落ちたり、目が霞んだり、歩くと膝が痛くなったりするのも初めてだ。それらに慣れたと思ったら、更に未経験の衰えが加わる。そんな試練に耐えるのが歳を取るということなのだろう。若いときには全くの他人事で、まるで自分には関係ないように思っていたというのに。 精神的にも試練が押し寄せる。仕事を辞めて時間を持て余し、ソファに座ってテレビを見ていると、あっという間に一日が終わってしまい、虚しい気持ちになる。 とはいうものの、七十代というのは、それほど年寄りというわけでもない。だからこそ、老人とはどういうものか、どうあるべきかが、本当はピンと来ていない。だからアマチュアなのだ。 誰しも頑張って生きてきた。嫌なことも山ほどあった。それに耐えて今日まで辿り着いた。それを思えば、夫のように、もう嫌なことはしないという選択も許されるのではないか。これまで懸命に生きてきた善良な人々のクライマックスが終活だと捉えれば、最後の最後くらいは自分本位に生きてもいい。妻はそう思い、考えを切り替えたのではないか。
時代によってかわっていく「死」の捉えかた
今の七十代の人々は、時代の変化の波に先頭に立って晒されてきた。親の介護問題、荒れる学校、イジメ問題、子供の不登校や自殺、大企業の大規模なリストラや倒産など、それまで誰も経験しなかったたくさんの社会問題に直面してきた世代だ。それらをテレビのドキュメンタリーやニュースなどで知った六十代の私たちの世代は、彼らの経験を通して学んだことがたくさんあった。 いつの間にか、死に対する考え方も変わった。ついこの前まで、癌は不治の病だった。病名を本人にはひた隠しにする時代が長く続いた。それが今や、医師も「もって、あと半年ですね」などと言い、正面から自分の死と向き合う時代になった。 時代は刻々と変わっていく。そんな中でこの作品は、これまで「立つ鳥跡を濁さず」を軸に考えられてきた終活ブームに一石を投じるものになることは間違いない。 私自身は、歳を取ってから、いくつか意外な発見をした。ひとつは歳を取れば取るほど長生きしたい気持ちが強くなること。もうひとつは、精神的な成長のスピードが加速することである。 この小説は、若い人にもお勧めしたい。若いときから老人の心理的苦悩を知っておくほうが、早くから準備できていいと思うからだ。それと、老人は若い人の何倍もの猛スピードで日々精神的成長を遂げていることも是非知ってもらいたい。 この作品は、歳を取るのは暗いことばかりではないと私に教えてくれた。 それどころか『迷惑な終活』は、七十代の成長小説である。 内館牧子(うちだて・まきこ)プロフィール 1948年秋田市生まれの東京育ち。武蔵野美術大学卒業後、13年半のOL生活を経て、1988年脚本家としてデビュー。1991年ギャラクシー賞、1993年第1回橋田壽賀子賞(「ひらり」)、1995年文化庁芸術作品賞(「てやんでえッ!!」)、日本作詩大賞入賞(唄:小林旭/腕に虹だけ)、2001年放送文化基金賞(「私の青空」)、2011年第51回モンテカルロテレビ祭テレビフィルム部門最優秀作品賞およびモナコ赤十字賞(「塀の中の中学校」)など受賞多数。 小説家、エッセイストとしても活躍し、2015年刊行の小説『終わった人』は2018年に映画化、続く『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』『老害の人』は、それぞれNHK・BSで連続ドラマ化、4部作で累計120万部の大ベストセラーになっている。2000年より10年間横綱審議委員を務め、2003年4月、大相撲研究のため東北大学大学院 に入学、2006年3月修了。その後も研究を続けている。
垣谷 美雨(小説家)
