ブラックホールの謎に迫る 通信不能のX線天文衛星「ひとみ」が背負う期待
ところが「すざく」が見つけたブラックホールは、厚いガスに全体がおおわれているために物質も光も外にほとんど出てこられず、唯一硬X線の光だけが厚いガスを透過して観測されたのです。この新しいタイプのブラックホールは、進化段階のごく初期の若いブラックホールではないかと考えられています。 「ひとみ」は、硬X線領域において「すざく」の100倍の感度を持っています。研究者たちは「ひとみ」を使って、分厚いガスに隠されていたためにこれまで見つけることができなかった、生まれたばかりのブラックホールの様子をとらえ、銀河とブラックホールの進化の歴史に迫ろうとしています。
ブラックホール周辺の時空のゆがんだ場所を調べる
ブラックホールを調べる第二の目的は、ブラックホールの周りの時空が大きくゆがんでいる場所の様子を詳しく調べることです。 X線で最も明るく光っている場所は、ブラックホールの周りに形成されているガス円盤の最も内側です。もし私たちが、円盤を横から見る位置から観測している場合、ブラックホール特有の非常に特徴的なX線エネルギー分布が期待されます。 一つは光のドップラー現象と呼ばれる現象です。円盤が高速で回転しているため、私たちから高速で遠ざかる場所と、私たちの方向に高速で近づいてくる場所の両方を同時に観測することになり、光の波長が長い方向にずれる赤方偏移と、短い方向にずれる青方偏移が同時に観られるはずです。また、ブラックホール近く傍の強い重力によって円盤から出てくるX線の波長全体が長くなる、重力赤方偏移も起きているはずです。
しかし、今まではこのX線のエネルギー分布やその時間変化を十分に細かく計測することができず、こうした精密なエネルギー分布を得ることは困難でした。この大変な観測を実現する鍵となる装置の一つが、今回世界で初めて衛星に搭載されて使われる「X線マイクロカロリメータ」です。X線のエネルギーを、「すざく」の30倍も高い精度で精密に測ることができるため、ブラックホールの周りの物質の運動を精密に知ることができるようになります。 「X線マイクロカロリメータ」の仕組みはどうなっているのでしょうか。 宇宙からのX線がセンサーに当たると、その温度がわずかに上昇します。その上昇幅を測ることでX線のエネルギーの強さが分かります。X線の粒子1個が当たったときの温度変化はなんと1000分の1度。地上でもこの変化を正確に知るのはとても大変です。ブラックホールの謎を解明することは、突き詰めれば、この極めて微妙な温度差を測ることに行き着きます。 しかし、装置自体がもともと熱くては、このようなわずかな温度変化をとらえることができません。そこで装置を絶対零度近くの0.05ケルビンまで冷却する必要があります。「ものすごく熱いX線」を観測するために、「ものすごく冷たい装置」を使うということです。 X線マイクロカロリメータは「すざく」にも搭載されていたのですが、冷却に必要な液体ヘリウムが想定外の早さで失われ、観測ができませんでした。地球上の望遠鏡と違って、宇宙望遠鏡や探査機は一度打ち上げてしまうと修理ができないのがつらいところです。前回の無念を今度こそ晴らしたいという研究者達の思いが込められています。 「ひとみ」は円盤からのX線を精密に観測し、時空のゆがみによって現れる特殊なX線の分布のデータを得ることで、時空のゆがんだ宇宙の姿に迫ろうとしるのです。