映画監督・穐山茉由。ブランドPRとのWキャリアという「個性」からの挑戦
“映像業界”での働き方についてWキャリアだから持てた視点
どの分野でも、30歳を過ぎてからのキャリアスタートは遠回りのイメージを持たれるかもしれない。けれど、社会人経験を経て映画監督に飛び込んだ穐山さんには「“仕事だから仕方なくやるもの”としては向き合いたくない」という強い思いがある。「アイデアが湧く瞬間や急にギアが入る瞬間は自分でコントロールできないので、ある程度時間をかけて作品に向き合う機会は欲しいと思っています」。ドラマの経験を経て改めて、オリジナル映画を撮りたいという思いにも立ち戻ることができた。依頼される仕事の楽しさもあるし、オリジナルの楽しさもある。いろんな働き方でバランスを保つのが、彼女には合っているようだ。 助監督などの下積みを経ず、異業種からの映画監督デビューだったからこそ、一般企業とあまりにも仕組みが違う労働環境に驚いたこともある。「ものづくりの現場は思い入れがあるほど時間をかけたくなるし、根性論的なところで押し通してきた過去もあったと思います。でも私は絶対にちゃんと寝たいし、休みも欲しい(笑)。そうしないと頭も働かないですからね。限られた予算と時間を有意義に使うために、できる限り無駄を省いてみんなが働きやすい環境にしていきたいんです」。 「映画は監督のもの」と言われて、目指す表現のために一切の妥協を許さない絶対的な権力者というイメージを抱かれることも。まわりのスタッフは監督の要望を叶えるために奔走してくれたりもする。でも、みんなで作ることに魅了されている穐山さんは、そんな監督像は目指していない。というより「キャラ的にムリ」だと笑う。「すべての事柄を自分だけで決めてしまうのはもったいないって、単純に思うんです。経験の浅い若いスタッフにもフラットに接するし、意見をいきなり否定することもしません。なるべく話しやすい人でいたいんです。私みたいな監督がいてもいいかなって思っています」。
人が抱く「名前のつけられない感情」をもっと描いてみたい
映像業界に新たな風を吹かせる穐山さんのクリエイティブの原動力は、日常の中で出会った “名前のつけられない感情”を表現したいという思い。恋愛、結婚、女の友情や男女の友情など、アラサー女性が直面するあれこれをリアルにすくい取ってきたが、そんな彼女も、今や40代。これからは「映像作品で描かれる大人の女性のバリエーションを増やしたい」と考えている。さらに興味の矛先は10~20代女性にも。「今の若い女の子たちには『全身脱毛しなきゃ』とか『二重手術しなきゃいけない』みたいな価値観が広がっているように思えるんです。彼女たちが何を悩み、どう生活しているのか、リサーチをして描いてみたいですね」。 ちなみに昨年、同じ映像業界で働くパートナーと結婚。一緒にいて楽で、地に足ついた穏やかな関係性だとか。0から1を生むクリエイターの作品には、その人の人生や問題意識がにじむもの。「女の子を撮るのが楽しいし、個人的に一番気持ちがのる」と語る彼女が、年齢とキャリアを重ねてどんな女性像を世に放っていくのか。たどってきたユニークな道のりと、楽しいほうを選ぶ軽やかな生き方のように、きっとますます私たちをワクワクさせてくれるはずだ。
穐山茉由(MAYU AKIYAMA) 1982年生まれ。ファッションブランドのPRを務めるかたわら、30歳の時に映画美学校に通い映像制作を学ぶ。2018年に『月極オトコトモダチ』で長編監督デビューし、『シノノメ色の週末』『人生に詰んだ元アイドルは、赤のおっさんと住む選択をした』を監督。2022年公開の映画『左様なら今晩は』では脚本を担当した。ドラマ『春になったら』では初めて連続ドラマの監督を務めた。 BY KOZUE MATSUYAMA