バイデン政権が抱えるロシア・イラン制裁とエネルギー価格安定のジレンマ
ロシア、イラン制裁では原油価格の安定に配慮
11月の米国大統領選では、国内でのガソリン価格の上昇がバイデン大統領にとっては強い逆風であり、命取りになる可能性さえある。他方、米国に敵対するロシア、イラン、ベネズエラといった権威主義的な産油国への制裁については、原油価格の上昇リスクに配慮しながら慎重に行うことがバイデン政権には求められている。外交政策と経済政策の間に矛盾が生じているのである。 主要7か国首脳会議(G7サミット)は6月13日に、ロシアの凍結資産を利用して、年末までに500億ドル(約7兆8,5000億円)をウクライナに支援する枠組みで各国が合意した。それに先立ち米国は6月12日に、ロシアへの追加制裁を打ち出した。その対象にロシアの銀行は含まれたが、石油産業はほぼ除外された。 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、ブレイナード氏が委員長を務める国家経済会議(NEC)をはじめとして、政権内では広範な制裁措置を講じれば、原油価格の上昇が米国の物価高問題をより深刻にさせる、との懸念が強い。 また米政府が6月25日に発表した新たな対イラン制裁でも、イランの石油輸出のごく一部にしか影響を及ぼさない内容となった。アラブ首長国連邦(UAE)と香港に拠点があり、イラン産原油の代金支払いを仲介する企業が制裁の対象に含まれたが、それが原油市場に与える影響は小さく、そのため、制裁の効果は限定的で一時的でしかない。 イランが支援するとされるハマスによる昨年10月7日のイスラエル奇襲攻撃以来、イランと米国の間で緊張が高まっている。しかし、イランの石油輸出量は今年2月以降、日量150万バレルを超えている。これはバイデン政権発足時の水準を大幅に上回っている。
国際社会での米国のリーダーシップシップに懸念
米政府はベネズエラに対しては、公正で民主的な選挙が実施されることを条件にして、昨年の制裁措置を緩和した。その結果、ベネズエラの原油輸出量は今年5%増加しているという。 ベネズエラの最高裁判所は今年1月、野党指導者が大統領選に立候補することを禁じる判断を維持したことから、米政府は、米企業にベネズエラでの事業を認める一般許可の更新を行わなかった。しかし、米政府は最近になって国際商品(コモディティ)取引の大手に対しては、ベネズエラ産石油を輸送するための特別許可を申請するよう促し、個別に申請を承認したのである。これも、原油価格、米国でのガソリン価格の安定に配慮した措置と考えられる。 さらに、米政府は今年、ウクライナにロシアの一部製油所をドローン(無人機)で攻撃することをやめるよう要請した。ロシアの製油所が損害を受けた結果、世界でガソリンなどの市場が混乱に陥ったことに配慮した措置だ。 このように、11月の大統領選挙を意識して、米国の外交政策は国内でのガソリン価格の安定への配慮という制約を受けたものとなっている。原油価格の安定は、日本など先進国にとっては望ましいものではあるが、米国内の事情が米国の外交政策、特に権威主義的な国々への対応を制約しているのであれば、それは、国際社会における米国のリーダーシップを損ねるものであり、先進諸国にとっては大きな懸念材料である。 (参考資料) "Biden Wants to Be Tough With Russia and Iran - but Wants Low Gas Prices Too(バイデン氏、石油制裁とガソリン価格抑制の両立難題に)", Wall Street Journal, June 27, 2024 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英