「日本に来たことで世襲外れたと思わない」金正男氏の言葉を五味氏が紹介
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の兄、金正男(キム・ジョンナム)氏がマレーシアで殺害された事件を受け、東京新聞編集委員の五味洋治氏が17日、東京の外国特派員協会で記者会見した。 【中継録画】金正男氏殺害を受けて東京新聞・五味氏が会見
五味氏は、2004年に北京国際空港で偶然、正男氏と会ったことをきっかけに交流を持ち、7時間のインタビューと150通のメールをもとにまとめた「父・金正日と私 金正男独占告白」という著作を出している。 正男氏は故金正日総書記の長男でありながら後継者候補から外れ、いまは3男の正恩氏が最高指導者の地位に就いている。正男氏は日本に少なくとも5回訪れていたといい、2001年に不法入国を図って成田空港で拘束されたこともある。この拘束以降、正男氏が後継レースから外れたと見る向きもある。ただ、正男氏は「日本に来たことが世襲から外れた原因になったとは思わない」と語っていたと、五味氏はいう。むしろ偽造パスポートで入国したことを「恥ずかしいことだ」と話していたと説明する。
五味氏によると、正男氏は9歳からスイス・ジュネーブに留学し、20歳前後でいったん帰国。その折、父の正日氏とともに北朝鮮国内の経済開発の状況を視察した。こうしたことから、五味氏は「一時的にせよ、正男氏は父から後継者としてみられていた」と見立てを語る。ただその父との視察で、正男氏は北朝鮮の状況がヨーロッパで自分が見てきた社会のあり方とあまりにも違うことを知り、仲違いしたのだという。その後の正男氏の生活は荒れ、最終的に北朝鮮を離れることになった。
五味氏がリスクを犯してまで正男氏と接触を図ったのは「彼はきっと話してくれる人で、現在の北朝鮮に影響を与えると予感があった」からだという。正男氏の主張は一言でいうと、北朝鮮の体制に批判的だった。「権力の世襲は社会主義体制と合わず、指導者は民主的な方法で選ばれるべき」と考え、「北朝鮮は中国式の経済の改革開放しか生きる道はない」とも言及していたという。 「遊び人」「ギャンブル好き」「複雑な女性関係」などのうわさがあったが、実際に会った正男氏は「インテリでユーモアもあり、落差を感じた」。今回の事件については「私がコメントする十分な材料がない。推測で可能性を話すことは最も避けたいこと。彼の死を深く悼み、思い出を共有したい」と沈みがちに語った。