向坂くじら&百万年書房・北尾修一の文芸をめぐる対話。『とても小さな理解のための』に見る「詩」の尊さ
お気に入りは「マリッジブルーのときに書いた詩」。向坂と北尾が語る「そのときにしか書けないもの」とは
─今作のなかで、お二人がとくに気に入っている詩はありますか? 向坂:わたしは「牛乳を一杯わけてください」が好きですかね。思い入れがあります。一回しかこの詩について褒められたことはないけれど。 この詩を書いていたのは結婚するちょっと前くらいだったんですけど、かなりマリッジブルーで、スランプだったんです。詩とか書けなくて、「マリッジブルーかるた」なんてものをつくっていたくらい。 北尾:「マリッジブルーかるた」の話、何回聞いても好きです。「お、親の長所が目に付く」とか(笑)。 向坂:「と、独身という響きのほうがかっこいい」とか(笑)。そういうカルタしかつくれなかったときに、高橋順子さんの『時の雨』(青土社)っていう詩集を買って。高橋さんは小説家の車谷長吉さんとご結婚されているのですが、結婚が決まったときに周りがどう言ったとか、二人で一つの家に住むのがどうかとか、車谷さんが精神的に病んだときにどう思ったかとか、そういったことが書かれていて。 それが、平易な言葉で書かれているんですけど、すごく響いたんです。私も、とにかく書ける言葉でいいから結婚前の状態を残しておこうって思って書いたのが、「牛乳を一杯~」だったんですよ。ほかにも「玄関口」の章にはマリッジブルーのときに書いた詩がいくつか入っています。 北尾:結婚前後の詩は、とくにそのころのくじらさんじゃないと書けない詩ばかりですよね。 向坂:いじけた日記みたいな詩ですよね。 北尾:自分も好きな詩はいっぱいあるのですが、何か一つを選べ! と言われると悩みます。というより、この詩集全部を通して味わうのが良いというか。内容もだし、言葉の使い方も、どれを読んでも「くじらさんだな」と思うんですよね。 向坂:北尾さん、よくわたしに言いますよね。「くじらさん、ずっと同じ話してますよね」って。 北尾:そうなんです。詩だけではなくて、エッセイでも、小説でも、くじらさんはずっと同じ話をしている。さっき話したような、その瞬間じゃないと書けない感情を書きつつ、同時にどれを読んでもすごく一貫性を感じる。やっぱりくじらさんはくじらさんなんですよ。 向坂:同じことを何回も言ってやろうと思っているわけではないんですけど、同じことを何回も言うことにビビらないぞとは思っています。わたし、サンボマスターが好きで、サンボマスターの歌詞って、ずっと同じこと言ってますよね。でも、それに励まされる感覚もあって、わたしも同じことを何度も書いてしまうのかもしれません。