上野千鶴子「103万円の壁で得してきたのは主婦ではなくオジサン」壁を上げてまで温存しようとする本当の理由
■社会保険料を払わなくていい、専業主婦のための制度では? ――一見、不払い労働である主婦の家事労働を評価し、その立場を守る優遇制度とも思えるのですが、なぜ批判を受けたのでしょうか。 【上野】まちがって専業主婦優遇策と呼ばれていますが、その実、この制度から得をするのは、専業主婦を妻に持つ夫、その専業主婦を「見なし専業主婦」として「130万円の壁(のちに150万円)」まで低賃金で保険料の使用者負担なしで働かせる雇用主たちです。労働力不足を補うために政財官界で権力を持つ男性たちが結託して創った「オジサン優遇制度」です。これに対して、全国婦人税理士連盟代表(当時)の遠藤みちさんが大蔵省(現・財務省)に抗議文を持って行ったとき、なんと言われたか。担当の役人は、「なら、年寄りのお世話は誰がするんですか」と言ったそうです。語るに落ちる、とはこのことです。 ――女性はあくまで「嫁」扱いというか、介護要員だということですね。 【上野】1980年代、日本は「高齢社会」に突入しつつあり、当時の中曽根首相が「家族は福祉の含み資産」と言って「日本型福祉」を唱えました。日本には強固な家族制度があるので、国家は福祉について心配しなくていいのだと……。要するに、無業の主婦には当然のように老人の介護をすることが期待されている。無業の既婚女性であればそこから逃れられない。つまり、老人介護のごほうびとして「第3号」の女性に年金をくれるということでしょう。 これは政財界だけの考えではなく、日本大学人口研究所が40代の無業既婚女性の人口比を日本全国「介護資源」マップとして発表した国際会議に居合わせたこともあります。そのときも開いた口が塞がりませんでした。 ■パートタイム就労で妻が働く家庭が、専業主婦世帯より多くなった ――しかし、既婚女性の多くが「103万円の壁」もしくは「130万円の壁」の範囲で働くという選択をしました。主に平成の時代の典型的な母親像としては、子どもが幼稚園や小学校に行っている間にパートタイムで働き、子どもが帰宅する15時ぐらいには家で出迎えるというので「3時のあなた」と呼ばれたものです。 【上野】90年代を通じて既婚女性の就労率は上がりました。10年後の1995年(平成7)には、パートタイムで働く主婦を含む「共働き世帯」が「専業主婦世帯」の数を超えて逆転し、どんどん「共働き世帯」が増え、現在では「専業主婦世帯」の3倍になっています。これは経済的な理由が大きく、バブル崩壊後、夫の給与所得が減少したからです。2008年のリーマンショックも追い打ちをかけました。ピーク時に比べて年収で100万円以上減った分を、妻が家計補助収入を稼がなければ家計が維持できなくなりました。「共働き」といっても、パート雇用の妻の家計寄与率は25%未満です。正社員カップルの場合でも男女賃金格差は大きく、妻の家計寄与率は4割未満です。