バイデン米大統領、日本製鉄のUSスチール買収計画を阻止 安全保障上のリスクがあると
ジョー・バイデン米大統領は3日、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を阻止する命令を出した。日米関係に悪影響を及ぼし、外国投資家を遠ざける可能性があるとの懸念があるなか、政治的公約を守る形になった。 バイデン大統領は買収を禁止した理由として、国家安全保障への脅威を挙げ、アメリカの鉄鋼業界とそのサプライチェーンを強化するためには、国内での所有が重要だと述べた。 USスチールの買収は、2024年のアメリカ大統領選挙で争点のひとつになっていた。全米鉄鋼労働組合もこの取引に反対しており、圧力をかけていた。 日本製鉄とUSスチールは、バイデン大統領の決定から、買収案の検討が政治的利益のために「ゆがめられた」のは明らかだと述べた。 両社はかねて、取引が成立しなかった場合には米政府を訴えるとしていたが、バイデン氏の決定を受けた3日の共同声明で、「法的権利を守るためにあらゆる措置を追求する」とした。 また、「バイデン大統領による今回の買収禁止命令は、自身の政治的な思惑のために、米国鉄鋼労働者の未来を犠牲にすることに他ならないと考える」と述べ、買収拒否は「米国へ大規模な投資を検討しようとしている米国の同盟国を拠点とする全ての企業に対して、投資を控えさせる強いメッセージを送るもの」だと指摘した。 日本政府の高官も失望の声を挙げている。 武藤容治経済産業相はロイター通信に対し、「日米双方の経済界、とりわけ日本の産業界からは今後の日米間の投資について強い懸念の声が上がっており、日本政府としても重く受け止めざるを得ない」と述べた。 ■かつてはアメリカの産業力の象徴 USスチールはかつてアメリカの産業力の象徴だったものの、現在は低迷している。バイデン大統領の決定によって、同社の今後はきわめて不透明になった。 124年の歴史を持つUSスチールは日本製鉄との提携を発表する前から、数カ月にわたり買い手を探していた。 USスチールは、新しい所有者からの投資がなければ工場閉鎖に追い込まれるかもしれないと警告しており、この懸念は一部の労働者や地元の政治家からも共感を得ていた。 こうした中、鉄鋼メーカー世界第4位の日本製鉄は2023年12月、USスチールを149億ドル(約2兆3400億円)で買収する計画を発表した。 両社は、雇用を削減しないことを約束したほか、取引への支持を得るためにさまざまな譲歩に応じていた。今週だけでも、労働者訓練センターの資金提供を申し出たほか、政府に生産削減の拒否権を与えたと報じられている。 しかし、こうした議論もバイデン大統領を納得させることができなかった。バイデン大統領は昨年初め、大統領選が加熱し、激戦州ペンシルヴェニア州が選挙結果に大きい影響力をもつと予想される中、この取引に反対の立場を表明していた。 この取引はまた、ドナルド・トランプ次期大統領とJ・D・ヴァンス次期副大統領からも批判されていた。トランプ陣営は大統領選中、労働組合員の支持獲得を重視していた。 国家安全保障上のリスクを審査するために設置された対米外国投資委員会(CFIUS)は、この取引について12月末の期限までに合意できず、決定はバイデン大統領に委ねられた。バイデン大統領は15日以内に行動を起こす必要があった。 バイデン大統領は3日の命令で、外国によるUSスチールの所有はアメリカにリスクをもたらすと述べ、両社に対して30日以内に取引を放棄するよう命じた。 「国内所有・運営による強力な鉄鋼業界は、国家安全保障の重要な優先事項であり、強靭なサプライチェーンにとって不可欠だ」、「なぜなら、鉄鋼は我が国のインフラ、自動車産業、防衛産業基盤を支えるものだからだ。国内の鉄鋼生産と鉄鋼労働者がいなければ、我が国は今より強くも安全でもなくなる」と、大統領は強調した。 全米鉄鋼労働組合は、この決定を「我々のメンバーと国家安全保障にとって正しい判断」だと歓迎。業界の長期的な存続可能性への懸念から、この取引に反対していた述べた。 同労組のデイヴィッド・マコール会長は、「強力な国内鉄鋼業界を維持するため、大胆に行動する意欲がバイデン大統領にあったことに、我々は感謝する。大統領が長年にわたり、アメリカの労働者のために献身的に働いてくれたことに感謝している」と述べた。 ■トランプ次期政権でどうなるか 日本の国際基督教大学のスティーヴン・ナギ教授(政治国際学)は、バイデン大統領の決定を「政治的」と評し、政権が当初から「中産階級のための外交政策」を約束していたことに言及した。 「これは、トランプ次期大統領の『Make America Great Again、MAGA=アメリカを再び偉大にしよう』に対する直接的な反応と継続だった」 「バイデン政権は、相手が同盟国だろうと敵対国だろうと、外国企業に対して弱腰に見られるわけにはいかなかった」 米ホワイトハウスのジョン・カービー戦略広報担当調整官は、この決定がアメリカの同盟国との関係を損なう可能性があるという指摘を否定。バイデン大統領が、この決定は「日本がどうこうというものではない」と明確に述べたことを強調した。 カービー氏は記者会見で、「これはアメリカの製鉄業と、アメリカ最大の製鉄会社の一つをアメリカ所有の企業として維持することに関するものだ」と述べた。 USスチールの株価は3日、5%以上、下落した。 しかしアナリストらは、この決定が取引の終わりを意味するものではないかもしれないとみている。バイデン大統領の命令によれば、CFIUSは取引を破棄するための30日間の期限を延長することができる。 ナギ教授は、日本製鉄とUSスチールがトランプ次期政権下で買収成立に再挑戦するかもしれないと指摘。より良い取引を自分が交渉して実現したのだとトランプ氏が主張できるような、別条件を提示する可能性があると教授は考えている。 米調査会社パンゲア・ポリシーの政治アナリスト、テリー・ヘインズ氏も、トランプ次期大統領はこの取引を批判しているが、決定を再検討する理由があるかもしれないと述べた。 「日本はアメリカにとって、非常に親しい同盟国だ。これが今回の決定をとても難しいものにしている」、「政府は今日の決定を正当化するため、率直に言って大きな立証責任を負っている。これは日本との二国間関係を損なうことで、トランプ氏はそれは避けたいはずだ」とヘインズ氏は指摘した。 (英語記事 Biden blocks Japan's Nippon Steel from buying US Steel )
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