川崎フロンターレを救った大南拓磨のスーパープレー。救われた者、防がれた者が語るその瞬間「あのようなプレーを…」【コラム】
明治安田J1リーグ第13節、川崎フロンターレ対北海道コンサドーレ札幌が11日に行われ、ホームチームが3-0で快勝した。この試合の主役は前半だけで3点を奪ったバフェティンビ・ゴミスになるだろう。しかし、あわや失点の場面を救った大南拓磨のスーパープレーもまた、勝ち点3を奪う上で欠かせなかった。そのプレーを周りの選手はどう見ていたのか。(取材・文:藤江直人) 【動画】川崎フロンターレ対北海道コンサドーレ札幌 ハイライト
●誰もが失点覚悟。その時現れた救世主 目の前でシュートを打たれた川崎フロンターレのゴールキーパー、上福元直人は観念しかけていた。 「ちょっと難しいというか、もう厳しいかなと…」 次の瞬間、視界の右端に救世主が飛び込んできた。誰だったのかは、そのときはわからなかった。 「自分の横を誰かが駆け抜けていった、と思ったら…」 川崎Fが1点をリードして迎えた40分。自陣からのロングパスに抜け出した、北海道コンサドーレ札幌の近藤友喜がそのままペナルティーエリア内へ侵入。上福元と1対1になった直後に、意表を突くプレーを選択した。上福元の頭上を越すループシュート。34歳の守護神を含めて、誰もが失点を覚悟した。 ただ一人、センターバックの大南拓磨だけがあきらめていなかった。同点とされる大ピンチを札幌のスローインに変えた、文字通りの神懸かったカバーリングを演じたヒーローはしかし、試合後の取材エリアに姿を現さなかった。最終的に3-0で快勝した報告を受けてから、川崎市内の病院へ向かっていたからだ。 札幌のFWキム・ゴンヒとの接触プレーで、相手の後頭部で顔面を強打。裂傷を負って激しく出血した大南は担架でピッチ外へ運ばれ、パリ五輪出場権獲得とアジア制覇を手土産に帰国したU-23日本代表DF高井幸大と75分に交代した。直後の場内アナウンスで、脳しんとうによる交代だと発表された。 怪我が大事に至らないでほしいと祈りながら、上福元が感謝の思いを大南へ捧げた。 ●「あのようなビッグプレーを…」 「あれが間に合うんだ、と。途中でいなくなってしまった彼の、スピードという強みがまさに出た場面だったというか、僕自身、あのようなビッグプレーを見た経験がなかなかない。本当に助けられました」 試合の流れを一気に川崎Fへ傾かせた場面をさかのぼると、札幌陣内の左サイドでゆっくりとボールを持ち上がり、間髪入れずに右足を振り抜いた左ウイングバックの青木亮太のプレーに行き着く。 一気呵成のロングフィードが川崎Fのホーム、Uvanceとどろきスタジアムのピッチ上を切り裂いていく。ターゲットは逆サイド、それも大外にいた右ウイングバックの近藤。川崎Fの左サイドバック、佐々木旭の背後を、オフサイドぎりぎりのタイミングで突いた23歳がどんどん加速していった。 走りながら右足を軽くタッチさせた近藤は、ボールの勢いを殺さず、そのまま右角付近からペナルティーエリア内へ侵入していった。佐々木もまったく追いつけない。今シーズンに横浜FCから完全移籍で加入した、パリ五輪世代でもある23歳のアタッカーの眼前にはもう上福元しかいなかった。 すかさず上福元も前へ出る。距離が3mほどまで縮まった瞬間に、近藤はある決断を下した。ワンバウンドしたボールの落ち際に、右足を優しくヒットさせたループシュートを近藤はこう振り返った。 「判断としては間違っていなかった、と思っています。それでも…」 反応できなかった上福元は慌てて振り返り、必死にボールを追おうとするも体勢を崩してしまった。それでも近藤が懸念を抱いたのは、自身の左側を追い抜いていく大南の姿を察知したからだ。 「ボールに加える力が足りなかったとういか、(ゴールキーパーの)頭を越すことだけを意識しすぎて、少し緩いシュートになってしまった」 自らのシュートにスピードが足りない、と感じた近藤はさらにこんな言葉を紡いでいる。 ●「彼の強みが出ていたシーンだと…」 「これは間に合うだろう、と。シュートを打った瞬間に、カバーされる、という感覚がありました」 上福元もまた、佐々木とともに必死に戻り、ループシュートを放った近藤だけでなく自身の右側をも駆け抜けていった味方が大南だと視認しながら、脳裏に近藤とは違った懸念を浮かび上がらせていた。 「間に合ったとしても、(クリアするために)足を合わせるのがかなり難しいと思ったので」 ループシュートはちょうどゴールライン上に落ちてきていた。大南もまたトップスピードで自軍のゴールに戻ってきている。この状況で体を捻り、クリアしてゴールを防ぐプレーはほぼ不可能と言っていい。左右どちらの足を使うにしても、クリアする瞬間にどうしてもスピードを緩めざるをえなくなるからだ。 次の瞬間、上福元の声を「もう驚きの方が大きかったですね」と思わず弾ませた神業が飛び出した。あえてボールを追い越した大南は右足を踏み出しながら、意図的に左足のかかとにボールをあててゴールを阻止したからだ。勢い余ってゴールネットへダイブした大南へ、上福元の賛辞は止まらなかった。 「あの難しいタイミングと局面で、本当に冷静にプレーできている。彼のもうひとつの強みといったところも、存分に出ていたたシーンだったと思います。ああいう場面で相手に主導権を渡さないというか、あそこで粘れたからこそ前半の結果につながった。それくらい大きなプレーでした」 大南の左かかとで食い止められたボールは、川崎Fのゴール前にこぼれたままだった。ハッと我に返ったように体勢を立て直し、無我夢中でボールを左タッチラインの外へ蹴り出した上福元は大南のもとへと駆け寄り、何かを叫びながら右手と右手を合わせた。対照的に頭を抱えた近藤は自らを責めた。 ●「映像を見直してみないとわからない部分もありますけど…」 「結果として余裕を持ってクリアされるようなシュートになってしまった。あそこで決めていれば、おそらくこういう試合にはなっていなかった。その意味でも本当に悔しい、という思いでいっぱいです」 試合は30分に、昨夏に鳴り物入りで加入した元フランス代表FWバフェティンビ・ゴミスが、通算13試合目にしてようやく決めた来日初ゴールで川崎Fが先制。勢いに乗ったゴミスは大南のビッグプレーが飛び出した直後の43分、さらに前半アディショナルタイム48分にも立て続けにゴールを決めた。 今シーズンのJ1リーグでは、ジュビロ磐田のFWジャーメイン良に次ぐハットトリックを、前半だけで達成した38歳のベテランの大活躍もあって川崎Fは快勝した。チーム全員で反撃を誓い合った5月に入ってあげた2勝目をクリーンシートで飾り、試合終了の時点で順位を4つあげて暫定11位に浮上した。 神業クリアの直後に大南と交わした言葉を「いや、あの場面はそんなに余裕もなかったので」と苦笑した上福元ははっきりと覚えていない。それでも、未勝利に終わった4月を含めて、川崎F本来のサッカーを追い求めてきた過程で、大南の傑出したパフォーマンスが加えられた末につかんだ勝利を喜んだ。 「映像を見直してみないとわからない部分もありますけど、まずはあのピンチに至る前に、自分たちで解決できた部分がたくさんあったと思う。その意味でも今後への課題としてつなげていきたいという意識を強く持ちながらも、あの場面で彼があのようなパフォーマンスを見せてくれたのは本当に素晴らしいとあらためて思う。何度も言いますけど、彼の強みと言える部分を存分に出してくれて本当に助かりました」 札幌戦が終わって数時間後。日付が12日に変わる直前に、大南は自身のインスタグラムを更新。心配するファン・サポーターへ向けて、ストーリー機能に次のようなメッセージを投稿している。 「今日も応援ありがとうございました!交代シーンでは心配をかけましたが、元気です!すぐ次の試合も来るので、チーム全員で勝つ準備をしていきます!」 ヒーローに注がれるまばゆいスポットライトは、言うまでもなく全ゴールを叩き出したゴミスが独占した。それでも、試合の流れを札幌に持っていかれかねない同点弾を未然に防いだ大南の神懸かったプレーは、それを目の当たりにした上福元と近藤の言葉を介して、伝説として語り継がれていく。 (取材・文:藤江直人)
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