毛利悠子の中国美術館における初個展。「Moré and Moré」が見せる小さな抵抗と希望
今年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展において日本館の代表作家として参加している毛利悠子。その中国の美術館における初個展「Moré and Moré」が、アランヤ・アートセンターで始まった。会期は10月13日まで。 同センターは、北京から高速鉄道で約3時間の海辺の避暑地、河北省北戴河にあるアランヤ・リゾート内に、2021年に開館した(インディペンデントキュレーター・金澤韻による詳細レポートは こちら )。7月13日に行われたプレス内覧会で、同センターのディレクターを務めるデミアン・ジャンは、同展の計画はヴェネチア・ビエンナーレの日本館代表作家が発表される前から進んでいたとし、「(同ビエンナーレへの参加が)私たちの計画やスケジュールに影響を及ぼすかもしれないという心配はあったが、毛利氏は非常に確固たる決意を持って、当初の約束通り、この時期に展覧会を実現してくださった」と感謝の言葉を述べた。 本展では、毛利の代表的なシリーズ「モレモレ」から一連の写真作品と新作のインスタレーション《Moré Moré (Leaky): Variations》(2024)、そしてロータリースピーカーのインスタレーション《Untitle (Rotary Speakers)》(2024)が展示。ふたつのインスタレーションは、同館によって委託制作されたものだ。 「モレモレ」シリーズは、毛利が東京の地下駅でしばしば起こる雨漏りを観察したことから始まったもの。駅構内で雨漏りが発生するとき、駅員がプラスチックのバケツやビニールシートなどの日用品を一時的な雨受けとして使うことへの興味から始まり、記録写真やインスタレーションへと発展していった。 ギャラリー0では、新宿、浅草、上野などの地下鉄駅で撮影された同シリーズの写真6点とともに、2週間にわたって現地で制作されたインスタレーション《Moré Moré (Leaky): Variations》が展示。同作に使われた素材は、すべて同センターの周辺、昌黎、北戴河、秦皇島など地元で見つけられたものだという。例えば、地元の建材店で工具を買う際に偶然見つけた鮮やかな赤と緑のバケツや、昌黎を散策しているときにたどり着いた84年もの歴史のある楽器店で購入した中国の太鼓、アランヤ・アートセンターで展覧会設営のために使われる梯子などが含まれている。 同作について、本展のキュラトリアル・アシスタントであるアリクス・ガオは、「毛利氏はアランヤの周辺地域にちゃんと足を踏み入れて、彼らの文化や日常生活を理解しようとした」と述べている。 毛利は今年のヴェネチア・ビエンナーレでも同シリーズの作品《Moré Moré (Variations): Compose》(2024)を展示。その作品にも現地の中国商店で購入した素材を使っているが、その質地と色はアランヤでの作品とは完全に異なるという。「(アランヤの作品で)赤や緑が激しく出てくるとは予想していなかった。同じルールでつくっているのに全然違う感じになるのが面白い」(毛利)。 ディレクターのジャンはこう付け加える。「同じ中国製品でも、中国の規格で製造されたものもあれば、外国の規格に沿って製造されたものもある。これを見ていると、歴史上の陶磁器を思い出す。当時、中国の職人たちは中国人向けと外国人向けに異なる陶磁器を製作していたからだ」。 同センターの象徴的な円形アトリウムでは、回転スピーカーのインスタレーション作品《Untitle (Rotary Speakers)》が展示。「スパイラル回転体や螺旋状のモチーフ、モーターやうねりといった永遠を感じるものには前から興味があった」と言う毛利は、2019年の 十和田市現代美術館での個展においても、「革命」をテーマにした回転スピーカーの作品を発表している。今回は、初めて露天スペースで同作の発表を試みた。 「Revolution(革命)」という言葉は、天体の回転という意味もある。毛利は、「私のアプローチとしては、レボリューションが必ずしも大きな変革を意味するのではなく、小さなレボリューションが私たちの生活や社会につながっていくということを伝えたい」とし、こう続けた。 「例えば、レコードをスクラッチするときにキュキュッと音がする。あれも回転体の抵抗と言える。小さな行動も希望につながるかもしれない。今回のヴェネチアの展示も、ヴェネチアは水害が激しい場所なので、水との関係性や人と社会との関係性について考えた。私のプラクティスは、生活レベルでのストラグル、小さな水漏れや予期せぬ出来事をハンドメイドで解決していくことであり、小さな動きから始まる」。 なお同センターでは、オラワン・アルンラク、秦暢(チン・チャン)、エルワン・セネ、杉戸洋といった4人のアーティストによるグループ展「Studio Visit」(~10月13日)も同時に開催されている。本展では、アーティストとスタジオとの伝統的な関係の変化に焦点を当てており、4人のアーティストそれぞれの実践を通じて、同センターの展示室を創作と展示のあいだにスペースに変えることを試みる。アランヤを訪れる機会があれば、それぞれのアーティストの創作に向き合ってほしい。
文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)