詩人の谷川俊太郎が逝去 川久保玲や山縣良和にも詩を提供
詩人の谷川俊太郎が11月13日、老衰により92歳で逝去したことがわかった。息子で作曲家の谷川賢作が自身のXで発表し、葬儀は故人の意志により近親者のみで執り行われたという。 【画像】谷川俊太郎の詩「十二の問いかけ」が配布されたリトゥンアフターワーズのショー
谷川俊太郎は1931年12月15日、東京生まれ。哲学者の谷川徹三を父に持ち、10代で詩作を始める。1952年に広い宇宙に生きる人間の孤独を詠った第1詩集「二十億光年の孤独」で注目を集め、「朝のリレー」や「春に」「生きる」教科書に掲載された作品も多く長きにわたり親しまれてきた。また、翻訳家としてスヌーピーが登場する人気作品「ピーナッツ」やレオ・レオニの「スイミー」、イギリスの童謡「マザー・グースのうた」などを手掛けたほか、アニメ「鉄腕アトム」の作詞も担当したことで知られている。 ファッション業界との関わりも多く、雑誌「スイッチ(SWITCH)」が「コム デ ギャルソン・オム プリュス(COMME des GARCONS HOMME PLUS)」の2018年秋冬コレクションを特集した2018年6月号では、パリのショーで披露された下田昌克による恐竜マスクに焦点を当てた詩「恐竜がいた」を寄稿。2020年には「コム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)」とスイッチの共同プロジェクトとして川久保玲が谷川俊太郎の詩をベースにデザインしたアイテムを発表した。また、2016年にはデザイナーの皆川明と共同で制作した絵本「はいくなきもの」が刊行されたほか、山縣良和が手掛ける「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」の2018年春夏コレクションでは、特別制作した詩「十二の問いかけ」がショー会場で配布された。