基準値第一主義の医者か、患者にとっていい医者か。このシンプルな質問で見極められる。
150万人を分析した人間ドック学会の新基準値
かつて基準値第一主義に反旗を翻す出来事がありました。2014年に日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が合同でつくった「検査基準値及び有効性に関する調査研究小委員会」が発表した「新たな健診の基本検査の基準範囲」です。そこで示された血圧やコレステロールの基準値は、従来発表されたものよりも、ゆるやかなものでした(表)。 この新基準は、150万人の人間ドック受診者のビッグデータを分析してつくられたものです。当時、「超健康人(スーパーノーマル)」という言葉も話題になったので覚えている方も多いと思います。150万人のなかから、「過去に大きな病気をしていない、たばこも吸わない、飲酒は一日一合未満」などの条件をクリアした約34万人の「健康人」を選抜し、さらに「超健康人」を絞りこんだ、約1万~1万5000人の検査値をベースに、各項目の基準範囲を求めました。 その結果が、今までの常識を覆すものだったのです。たとえば、14年時のメタボ健診の従来値では「標準体型はBMI25未満」とされていたのが、男性は27.7、女性は26.1までが標準に。総コレステロールの値も、従来値では199までが「正常」でしたが、男性は254に、女性は年齢65~80歳なら280が基準範囲となったのです。
患者と医者が協力し快適にすごせる「値」を探す
従来は高血圧とされていた140の数値の人でも、新基準では正常になります。上の血圧が140でこれまで真面目に服薬を続けていた人は「今まで飲んできた薬はいったい何だったんだ?」ということになります。 案の定、小委員会が発表した新基準値には、「日本高血圧学会」や「日本動脈硬化学会」さらには「日本医師会」や「日本医学会」などが猛反対をしました。自分たちもエビデンスをもっていないのに「小委員会が発表した内容は、エビデンスが高いとは言えない」と批判し、最終的には小委員会サイドから、「今回の数値は基準値となるものではない」という声明が出て、事態は一応収まりました。 それ以降、人間ドック学会が毎年更新している新基準値は、従来のものとほとんど変わりないものです。 私が言いたいのは、従来の基準値にせよ、新基準値にせよ、それは集団を対象にした確率論にすぎないということです。ただ人間ドック学会のもののほうがデータ解析に基づくものであることは確かです。そしてこれらの数値はあくまでも目安であり、あなた自身の基準値に当てはまるとはかぎらないということは覚えておいてほしいと思います。 これまでは、医者から基準値を押しつけられていましたが、これからは、患者と医者が協力し合い、その人が快適にすごせる「ちょうどいい値」を探していくことができたらいいですね。
和田 秀樹(精神科医)