住民の半分が高齢者 四国の町で進む「顔認証」サービスの評判
四国の最西端、佐田岬半島の大部分を占める愛媛県伊方町。人口約8000人の町で進むのが、全国でも珍しい顔認証を活用した住民サービスの充実だ。町内は55の集落が点在し、住民の半数を高齢者が占める。町の機能維持にはデジタル技術の活用が欠かせないと、買い物支援や健康管理などに生かしている。ただ、個人情報の取り扱いへの不安もあり、登録率は10月末時点で約3割にとどまる。【山中宏之】 「これで受け付け完了です」。町職員がタブレット端末で高校生の顔を撮影すると、画面に名前が表示された。10月17日、四国電力伊方原発が立地する同町などで行われた愛媛県原子力防災訓練。集団避難前の一時集結所となる三崎総合体育館では、近くの県立三崎高校の生徒ら約60人が次々と顔認証で受け付けを済ませていった。1人にかかる時間はほんの数秒。名前などを聞き取って確認する従来の方法から大幅に時間短縮された。同校1年の石本陽樹(はるき)さんは「顔を(端末に)向けるだけでいいのでとても楽」と話した。 町は2021年11月、IT企業「スカラ」(東京都渋谷区)と地方創生に向けて連携協定を結んだ。両者は町を大きな実証実験の場として、高齢化社会でのさまざまな課題の解決をICT(情報通信技術)を用いて進める「伊方町チャレンジフィールドプロジェクト」を22年から始めた。 中核を担うのが24年4月に登録が始まった「顔認証」だ。町総合政策課の担当者は「高齢者が半数を占める中、新たにスマートフォンやカードなどを持ってもらうのは難しかった」と顔認証を採用した理由を説明する。町のシステムに顔写真や名前、集落名、性別などを登録し、血圧などの心身の状態や町独自のデジタル商品券「サダpay」の残高などをひも付ける。これを基にして、健康管理▽買い物支援▽オンライン診療――などでの活用を進めている。 既に実用化されているのが、買い物支援だ。顔認証で支払う「サダpay」は町内のスーパーマーケットやコンビニ、道の駅など24カ所で利用可能。現金などを持ち歩かなくても気軽に買い物ができる。店側には来客が多い時間帯や利用の多い年齢層などのデータが提供され、営業戦略に反映できるメリットがある。 顔認証は、災害時の住民避難対応にも生かせる。通信環境があれば災害対策本部にも即時、情報が伝達される利点がある。町によると、今後住民の健康や服薬の情報のひも付けが進めば、避難所で住民一人一人に合わせた対応も速やかにできるようになるという。防災訓練で現場を視察した愛媛県の中村時広知事は「普及すれば災害時、非常に大きな力になると実感した」と語った。実際、訓練後には住民から「こういった使い方があるなら登録した方が良いね」との好意的な声が町に寄せられたという。 23年度に行われた実証実験では、一人で食事をする「孤食」対策として集会所と東京のカレー店をオンラインで結び、十数人の住民が店主の説明を受けながら本格的なカレーを作って一緒に食べた。町は今後、集会所で参加者の血管年齢を測り、顔認証とひも付けるなど健康管理にもつなげる予定だ。 医師が遠隔で患者を診るオンライン診療のシステムも確立した。患者は自宅で診察を受けられる上、費用も顔認証でその場で支払える。処方された薬も郵送されるため、すべて自宅で完結できる利点はある。だが、「直接医師に会って診てもらいたい」との声が多く、本格実施には至っていない。 町によると、登録者数は24年11月7日時点で2381人。担当者は「登録者が増えていくほど活用の幅が広がる」といい、年内の登録でデジタル商品券5000円を付与するキャンペーンを進めている。 町は、多くの地方が抱える人口減少と高齢化に伴う問題に対する先進的な取り組みとしてプロジェクトを成功させ、「IKATAモデル」として全国に発信したい考えだ。ただ一方で、個人情報を扱うためセキュリティーへの不安がつきまとう。担当者は「データは専用のクラウドで管理しており問題ないと考えている。不安に対しても丁寧に説明して理解を求めていきたい」と話している。