改善の第一歩は「認める」ことーー「原因不明」のイップスに、医科学的エビデンスで挑む
脳波をイップス診断につなげる試み
イップラボジャパンのもう一人のメンバーである渡邊龍憲(広島大学大学院医系科学研究科・助教)は、「イップスは体の末梢部(指先など)だけではなく、脳にも問題があるのではないか?」と仮説を立てた。 その仮説を検証するため、イップラボジャパンはイップスのアスリートを対象に以下の実験を行った。 被験者がセンサーを指でつまみ、画面上に表示されたバーを細かく調整して指定の場所に収める。イップスを発症した10人とイップスを発症していない10人の脳波を比較したところ、イップス発症者に特徴的な動きが見られた。
渡邊が解説する。 「ERD(事象関連脱同期)と呼ばれる脳波に増強が見られました。これはつまり、イップスの発症者は動作を強くイメージする傾向があると考えられます。また、人間がスムーズな運動をするためには力を抜く必要がありますが、ERDが高いと運動に必要のない筋活動の抑制が利かずに動作がぎこちなくなってしまうのです」 イップラボジャパンが実験結果をまとめた論文は、今年5月に自然科学と臨床科学のあらゆる領域を対象とした学際的電子ジャーナル『Scientific Reports』に掲載された。吉岡は言う。 「特徴的な脳波を基準にして、イップスの予防や評価法の開発につながる可能性があります。いずれは病院で脳波を測定して、イップスだと診断できるようになるかもしれない。また、今回の実験でイップスの人は力を抜くのが苦手で、動作中に余計な力が入っている、という傾向が見られました。今後はそれを証明するための実験を一歩一歩やっていきます」
慶應義塾大学病院スポーツ医学総合センターで、アスリートメンタルサポート外来担当医を務める山口達也は、同論文をこう評価する。 「適切な治療を選択するためには、正確な診断が必要です。今回の論文はイップスの診断に役立てるための第一歩になったと感じます。イップスという言葉が広がり、『自分がイップスではないか?』と悩む患者さんの相談も増えています。一口にイップスといっても、筋肉が異常に動いてしまうジストニア寄りの人もいれば、詳しく話をうかがうと筋肉異常はなく『頭が真っ白になっている』といったチョーキング(過緊張)寄りの人もいます。これから詳しく研究が進んで、いずれは診察室の中で今回の研究で行ったような検査をして『君はこのタイプのイップスだね。だから治療のアプローチはこう進めていきましょう』と言える形になり、病院で治療まで完結できるのが望ましいですね」