改善の第一歩は「認める」ことーー「原因不明」のイップスに、医科学的エビデンスで挑む
「過剰に考えないこと」が大事
イップスについて調べるなかで、福谷は大学時代にトレーナーとして世話になっていた石原心(ハバナトレーナーズルーム)に連絡を取り、アドバイスを求めた。 「当時の自分は指先を過剰に意識してしまっていたので、指先から意識を遠ざける練習をしていたんです。極端に言えば肩から先の腕がないつもりで投げる。それを石原さんに伝えました」 石原は「いい方向で進んでいると思う」と福谷の背中を押した上で、こんなアドバイスを送ったという。 「行おうとしている動作をどう『認知』するかが大きなカギを握っている。今まで何も考えずに行っていた動作を、何らかの『考えざるを得ない経験』を経て『考えながら行う動作』だと認知してしまっている可能性が高い。『過剰に考えなくする』や『別のイメージや新しい感覚を学習する』など、動作の認知を変更してあげることが大事だ」 石原自身も選手時代にイップスに苦しんだ過去があり、早稲田大スポーツ科学部に在学中からイップスの研究を続けていた。トレーナーになった今、石原を訪ねるアスリートは後を絶たない。 野球選手に多いのは、圧倒的にスローイングのイップスだと石原は言う。 「ボールを真下にたたきつける。ボールが指から離れない。ボールが自分の頭に当たってしまう。そういったケースが多いですね」
まだまだ研究は進んでいない
イップスは長らく「原因不明」の症状とされてきた。それを医科学的なアプローチで解明しようと石原が立ち上げたのが、研究者や理学療法士からなる「イップラボジャパン」だ。 団体を設立した意図を、石原はこう話す。 「イップスの治療はメンタルトレーニングや催眠療法が主流で、ケガとは別の扱いになっています。でも、それでは誰もが治せるものになっていかない。ケガと同じように病院で治せるようにしていかないと」 現場で怪しげな治療法が横行している点も問題だと言う。 「パチンと指を鳴らして『これであなたの邪気は消えました』というような催眠療法に高額な治療代を取られたという例もあります。イップスに困っている人は、たとえ怪しいと感じていてもわらにもすがる思いで治療を受けてしまうんです」 イップスの選手がたとえ病院に行っても、医師が改善策を授けるどころかイップスと診断できるような明確な基準すらない。 イップラボジャパンのメンバーの一人で、研究者でもある吉岡潔志(プロダクティブ・エイジング研究機構)は、こう指摘する。 「医学系の論文検索エンジンで、キーワード検索で1万件もヒット数がいかないと『ものすごく少ない』と言われます。そんななか『イップス』で検索をかけても論文が数十本しかヒットしないのは、とてつもなく少ないということ。この数年で少しずつイップスが注目されるようになりましたが、まだまだ研究は進んでいません」