読書家ランナー・田中希実の思考力とケニア合宿で見つけた原点。父・健智さんが期待する「想像もつかない結末」
女子陸上界のエース・田中希実は、スポーツ界きっての読書家だ。小さい頃からの読書習慣によって培われた論理的な思考力や表現力の豊かさは、走りのパフォーマンスにも生かされている。一方で、コーチでもある父・健智さんは「2023年の前半は、現実的になりすぎて大切なことを忘れかけていた」と言う。そんな田中にとって、成長のきっかけの一つとなっているのが、2022年から実施しているケニア合宿だ。高校生の時に出会った本でケニアの魅力を知り、世界のトップ選手たちを生み出してきた地で自分と向き合い、走りをアップデートしてきた。日本とは異なる環境で見つけた「大切な感覚」とは? 父・健智さんに話を聞いた。 (インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=西村尚己/アフロスポーツ、本文写真提供=田中家)
読書で培った想像力と「考える力」
――希実さんは読書家で、連載を持って文章も書かれていますが、インタビュー時の理路整然とした話し方や、豊かな表現力も印象的です。小さい頃は早く本が読みたくて学校から家までの2.5キロをいつも走って帰っていたそうですが、そういう一面を、親としてどのように見守っていたのですか? 田中:本を読むことでいろいろなことを吸収できるので、それはすごく良いことだと思っていました。物語の主役を自分に置き換えたり、いろいろな事象の中で「自分だったらどうするだろう?」と想像しながら、一つ一つの言葉から物事を深く考える能力を培えたのかなと思います。ただ、彼女は本の世界に入りすぎるがゆえに、コミュニケーションが本の中に出てくるような限定したものになってしまうことがありますけれどね。 ――希実さんが好きなジャンルはファンタジーだそうですが、小さい頃から自分の世界観をしっかりと持っていたんでしょうか? 田中:自分の世界に入り込む、という部分は小さい頃からありましたね。「本を読みたいから走って帰る」というように、自分で決めたことをやらないと気が済まないとか、何事に対しても「こうしたい」という明確な意志を持っていました。 ――その芯の強さと読書の習慣から論理的思考も鍛えられたのでしょうか? 田中:そうだと思います。ただ、自分で物語の起承転結を作ってしまうので、走り方も練習からすべてがつながってないと「結」に行かないんですよ。だから難しい部分もあります。ファンタジーのように、「想像もつかない結末が待っている」という部分を以前は走りで表現できていたはずなのに、昨年は現実的になりすぎた部分があって、特に年の前半はトンネルに入って調子を落としてしまいました。見ている方をあっと言わせたいし、自分たちもあっと驚きたい。そういう「結」に向かっていろいろなことに取り組んでいるはずなのに、論理的すぎるがゆえに、大切なことを忘れかけていたんですよ。 それで希実に、「でも、最後はそこの論理的な部分をひっくり返したいんでしょ?」と問いかけました。だから、走りでも論理的な部分プラス、そうではない部分も噛み合わせてほしいなと思っているんです。 ――希実さんはこれまでに何度も、想像を超える走りで観客を魅了してきましたからね。 田中:その意味では、昨年の後半はその要素が蘇ってきた部分がありました。