Netflix幹部が明かす世界ヒット連打の仕組み 「グローバル、全く狙わない」
データが映す、世界上位の「共通点」
地元で愛される作品を目指すことが世界での成功の近道という幹部らの指摘は、あらゆる作品に通じるのだろうか。冒頭で紹介したプレゼンテーションは撮影禁止だったため、ネットフリックスが公開している94カ国・地域の「トップ10(TV)」ランキングを分析してみることにした。週ごとに視聴時間が多いテレビ番組10作品のランキングをまとめたもので、大まかな視聴傾向を把握できる。 まず、筆者らが発表会の会場で見た『白と黒のスプーン ~料理階級戦争~』について、縦軸を国・地域、横軸を週とするヒートマップを作成した。オレンジの色が濃いほどその週のランキングが高いことを示しており、それぞれの国・地域での人気ぶりと、時系列での変化を視覚的に確認できる。今回は分析対象とする期間に同作がトップ10に入った国・地域のみを図示した。 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00568/120200023/?SS=imgview&FD=-1039926986 ヒートマップによると、韓国や香港、シンガポールでは配信開始後間もなくランキングの首位に躍り出た。2週目には欧州や米州でも認知が高まり、30近い国・地域でトップ10入りを果たした。「韓国で人気が出たことでネット上でも話題になり、Kコンテンツの熱心なファンがいる地域で視聴者を獲得した」というバジャリア氏の発言とも重なる。同作品は9月16~22日の週から6週間にわたり、非英語のテレビ番組を対象とする世界ランキングでもトップ10に入り続けた。 日本で脚光を集めた『地面師たち』も7月以降、非英語テレビ番組の世界ランキングで5週間にわたってトップ10を維持した。配信を始めた週に日本で首位になった後、2週目にはアジアを中心とする15カ国・地域でランク入りしている。台湾や香港では順位が跳ね上がったことからも、文化圏の近い地域で評判が伝わったとみられる。(視認性を考慮して9週間分を図示したが、日本のランキングでは11月上旬までトップ10に入り続けていた) https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00568/120200023/?SS=imgview&FD=-1039003465 最後に23年末に公開された『幽☆遊☆白書』の実写版も4週間分を見てみよう。冨樫義博氏による原作漫画・アニメの認知度が高かったのが追い風となり、配信直後から幅広い国・地域でランキングに入った。それでも、ヒートマップ上でオレンジ色がもっとも濃くて長く続いているのは日本だった。 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00568/120200023/?SS=imgview&FD=-1038079944 日本で話題になったものの、他国・地域のランキングにほとんど現れなかった作品もある。だが明確に言えるのは、世界ランキングの上位に顔を出す作品はいずれも製作した地域で高い評価を得ているということだ。本記事では日経ビジネスの読者になじみがある日本や韓国の作品を取り上げたが、インドやフランスの作品に関しても同様の傾向が見られた。 ●字幕33言語、吹き替え36言語 もちろん、「世界を狙わない」のはあくまでコンテンツの内容にかかわる話だ。地域の視聴者を重視する製作哲学と、トラベラビリティーという一見相反する要素が両立する背景には、それを支える技術基盤がある。 例えば、字幕は33言語、吹き替えは36言語に対応させており、「どのエンターテインメント企業よりも多い」(バジャリア氏)。今では配信作品の70%以上が字幕や吹き替えを利用して見られているという。視聴環境が整うことで言語の壁が溶けつつあり、「字幕で見た『今際の国のアリス』を気に入った人が他の日本の作品も探して視聴する、といった例が増えてきた」とバジャリア氏は話す。 視聴者の嗜好をとらえたきめ細やかな推薦も後押しする。「強制的に見せようとはしないが、気に入ってもらえそうならアルゴリズムがお薦めする」(バジャリア氏)。『イカゲーム』のような大作ではソーシャルメディアやイベントを絡めたマーケティング活動も各地で仕掛けている。 こうしたインフラがあるからこそ、番組や映画を作る段階ではトラベラビリティーを追求しないと言い切れる面もある。それでも「世界を狙わない」という製作哲学が結果的に世界的なヒットを生む原動力になっているのは興味深い。 韓国のコンテンツを担当する幹部のドン・カン氏は「昔は他国で受ける作品を想像できると思っていたが、自分の知識や文化の外にいる視聴者の好みを完璧に理解するのは不可能だとネットフリックスで学んだ」と述懐する。色気を出さずに地域に根差したリアルな物語を大切にすることで、結果的に多くの地域での成功を引き寄せる。コンテンツ輸出の強化を掲げる日本にとってもヒントになりそうだ。
佐藤 浩実