「ここまで明かすのか」正直すぎるシャンプー/家業を継いで気づいた、ダサい町工場を背負った父の信念 ~木村石鹸工業 後編
◆結局「親父さんに似ている」と言われて
――土壌を整えて、そこで自由にやってみなさいというのはお父様の「信頼して任せる」スタンスとも通じるように感じます。 ベテラン陣からも「親父さんに似ている」と言われました。 親父が4000万円の現金を一人の社員にいきなり渡して「株で増やせ」と命じたことがあったのですが、逡巡していることに「なんで動かへんのや」と怒っていた。 結果的に買った株が大暴落して塩漬けになってしまったんですけど、それについては何も言いませんでした。 僕は親父とは性格も全然違うし、経営も真逆の方法でやっているつもりです。 でも、やらないことに怒り、やったことには怒らない点は結果的に似ているのかもしれませんね。 ――幼少期は泥臭く映っていたお父様ですが、事業承継によって見方は変わりましたか? 変わりましたね。 親父は工場すら作ってしまえるほど玄人はだしの知識を幅広く持っていて、何でも自分の手で作ってしまうし、思い切った決断をする。 度胸が違いますね。 子どもの時はダサいと思っていましたが、実はものすごくカッコいいなと。 本人に伝えるのは照れくさいですけどね。 ――最後に、事業承継に臨む方々へのメッセージをお願いします。 事業承継は、僕も含めてネガティブに捉える人が多いと思うんです。 八尾にある企業130社ほどで「みせるばやお」という団体をやっていまして、僕と同じように事業承継をした2~4代目が集まって運営しているのですが、みんな高度経済成長で事業がガッと伸びて成熟して、衰退に入ったタイミングで受け継いでいる。 新しいことをしないと生き残れないけれど、社内の人間はずっと同じことをやり続けていて、なかなか新風を起こせない。 やはり後継者がやらざるを得ないわけです。 はじめは大体、社内の反発を食らうし、協力姿勢がない。 売上もない段階でどうやって社内のオーソライズを取っていくのか、あるいは会社を分けて外部でやるのか。 直面している課題はみんな同じですね。 ただ、やはり10年20年と続いてきた事業には、将来伸びる種が眠っていると思います。 ネガティブなところばかり見ないで、面白い領域を探る視点で事業を捉えてもいいのではないでしょうか。 うちの釜焚きも、コストメリットがないため僕が戻ってきた当初はあまり表に出していませんでした。 それが今では大きな売りで、覚えてもらうためのキーワードになっている。 社内のお荷物が別の見方ではすごく重要な資産に化けるわけです。 何かしら光るものをうまくピックアップして、磨いていってほしいですね。
■プロフィール
木村石鹸工業株式会社 代表取締役社長 木村 祥一郎 1972年、大阪府八尾市生まれ。1995年に大学時代の仲間数名と有限会社ジャパンサーチエンジン(現 イー・エージェンシー)を立ち上げる。以来18年間、商品開発やマーケティングなどを担当。2013年6月にイー・エージェンシーの取締役を退任し、家業である木村石鹸工業株式会社へ。2016年9月、4代目社長に就任。現在に至る。
(文・構成/埴岡ゆり)