パリス・ヒルトンを再考 Y2Kの「おバカタレント」が2020年代の必修科目となった理由
『Infinite Icon』が描き出す本当のパリス・ヒルトン
その後の2010年代初頭にも、リル・ウェインのCash Moneyと契約し曲を出していたが、本人の関心がDJに移っていったことで、アルバム制作にまで至らなかった。 決定的な転換期は、2020年に起こった。YouTubeドキュメンタリー『パリス・ヒルトンの真実の物語 | ‘This is Paris’』にて、悲痛な過去を告白したのだ。有名になる前の10代のころ、未診断のADHDによって問題児となっていたパリスは、ある青少年矯正施設へと強制送還された。そこでは、暴力的な虐待が常態化していたという。彼女のなかで「おバカキャラ」が誕生したのはこのときだった。排泄物や血痕にまみれた独房に閉じ込められるなか、現実逃避のため、夢のような無敵のブロンド像をつくりあげたのだ。 このドキュメンタリーは、アメリカ社会を変える一手となった。子どもたちを虐待する施設がまだ存在していると知ったパリスは、ロビー活動や議会証言をしていき、虐待防止法案の成立に携わっていったのだ。こうして、パリスが「おバカ」でない事実も広まっていった。 同時期に起こったのが、前述の「Stars Are Blind」再評価ムーブメント。アカデミー賞脚本賞に輝いた映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』で流されたこともあって、歌手としてのパリスの魅力に関心が集まっていった。2022年大晦日の年越し番組においては、マイリー・サイラスとシーアとの歌唱も披露している。 この番組をきっかけに生まれたのが、女性同士の友情であり、2ndアルバム『Infinite Icon』であった。帰りの飛行機でシーアから「あなたはポップスターになるために生まれてきた」と熱弁されたことで、18年ぶりのアルバム企画が誕生。収録曲「Chasin’」にて客演もこなしたメーガン・トレイナーを筆頭に、女性の友人を中心にしてつくられていった。 ポップクラシックとなった「Stars Are Blind」の再現は試みられていない。前作から打って変わって内省的になった『Infinite Icon』が描き出すのは、本当のパリス・ヒルトンだ。「おバカ」キャラによって隠されていた人生と哲学、誇りを音楽によって発信するプロジェクトとも言いかえられる。 本当の自分との再会を祝う開幕曲「Welcome Back」からして、猫なで声のイメージを破壊する、やわらかで人間らしい歌声が披露される。リードシングルになったリナ・サワヤマとのコラボ「I’m Free」では、高らかに解放を宣言。サンプリングされているUltra Naté 「Free」は、矯正施設にいたころ、よく聴いて勇気をもらっていた一曲だという。 ひときわ注目をあつめたのはミーガン・ザ・スタリオン客演のクラブソング「BBA」。「バッド・ビッチ・アカデミー」として、男性に酒を奢らせるなどナイトライフの流儀を教育していくコンセプトとなっているが、同時に、インフルエンサービジネスの基盤をつくったビジネスウーマンとしての誇りも込められている。無限の影響を築き人々を鼓舞すること、それこそ、パリス・ヒルトンの人生の旅路なのだという。 活動家としての使命も健在だ。クラブバラード「ADHD」は、そのままADHDとしてのスーパーパワーをやさしく伝える一曲。かつて、未診断のADHDとして苦労した経験をもとに、発達障害の早期発見、その活かし方を啓発するメッセージソングとなっている。 シリアスな教訓も歌われている。プロデューサーもつとめたシーアとのデュエット「Fame Won’t Love You」のなかでは、栄光は「親のように愛してはくれない」、つまり個人として大切な幸福をもたらさないのだと警告されていく。名声と美貌を生き甲斐としていた若きころの過ちをベースにしているため、アンチ『Paris』とも言えるかもしれない。 「やっと手に入れられた ずっとあなたと一緒に、無限まで」(パリス・ヒルトン「Infinity」) アルバムの後半は、深き愛情でリスナーを包んでいく。さまざまなトラウマを抱えてきたパリスだが、2021年に実業家の男性と結婚し、息子の誕生にも恵まれたのだ。つまり、本当の幸せとは、名声ではなく愛であるというのが、アルバムの結論なのだ。同じく恋の高揚を歌った代表曲「Stars Are Blind」と聴き比べれば、深化と成熟を感じることができるだろう。 人生とレガシーを総括するアルバムを完成させたパリス・ヒルトンだが、はやくも、次作に期待できそうだ。すっかり歌手活動にぞっこんになった本人いわく『Infinite Icon』は「はじまりにすぎない」。彼女をミューズとするチャーリーXCXとのコラボの噂もでてきている。ポップカルチャーに君臨する「無限のアイコン」は、未来も無限大だ。 --- パリス・ヒルトン 『Infinite Icon』 発売中
Tatsumi Junk