尾上菊之丞が茂山逸平と挑戦し続けてきた「逸青会」にかける情熱とは?
■古典と新作の魅力に浸る充実の演目 ──15周年の公演の11公演は、演目も配役も異なる組み合わせで行われますが、どのような経緯で公演の内容は決まったのでしょうか。 菊之丞:今回は自分たちが演ってきた作品をゲストの方にも演じていただくということを一つのコンセプトにしました。そして作品だけでなく、催しとしても新しい挑戦がしたいということで、思い切って長期公演にすることにしました。まずは今までの「逸青会」に出演してくださった方に声をかけたところ、歌舞伎俳優の方は全員が承諾してくださったので、お狂言も含め皆さんの都合を考えてパズルのように日程にはめ込んでいきました。 顔ぶれをみると、いくつかの種類を演っていただきたいという思いと、自分たちもこれなら出来るかなと考えて番組を組んでいって、気がついたらほぼトライアスロンみたいな内容になっていました(笑)。今回は古典のほかに、過去の「逸青会」で上演した作品と新作を上演することにしました。新作の『御札』は前編と後編という形になり、さらに前編と後編はシチュエーションを変えたり、役を入れ替えたりして、例えば前編は僕が女性を演じて後半は男を演じるといったことにも挑みます。 ──作品も配役もバリエーションに富んだ興味深い内容になっています。今回の「逸青会」の見どころ、おすすめの演目を教えていただけますか? 菊之丞: 見どころのある作品ばかりなので、おすすめといって絞るのは難しいですね(笑)。特筆すべきは初日の序幕の1回だけにした『三番三』かと思います。狂言の方と僕が『三番三』を演るのは大変なことだという思いがあったので、逸平さんとの長い付き合いの中で一度も演ったことはなかったのですが、10周年の時に初めて手をつけました。今回もそれから5年経ったということで、再演することにしました。 強いて挙げるなら『わんこ』と『いたりきたり』と『鏡の松』の3つでしょうか。これらは過去の「逸青会」で上演した作品です。 『いたりきたり』は、コロナ禍の時にお客様を入れての上演ができなかったので、それを逆手に取って映像などの趣向をたっぷりと用いた作品です。 『わんこ』は、ペットショップの出来事を描いた非常にハートフルな作品で、個人的にも好きです。若い頃の作品ですが、この頃から、お客様をただ笑わせるのではなく、なにかじんわりとさせるものを作りたいという気持ちになったという、一つの転機になった作品です。ペットショップに2匹の売れ残りの犬がいて、仲良くしていたら片方が売れてしまうのですが、オーナーが変わった人で、またショップに戻されてしまいます。2匹の犬は仲良く暮らせばいいと互いに思っているのですが、最後に老夫婦がやってきて2匹とも買い上げるという内容です。 『鏡の松』は10周年のときに自分たちの芸能と向き合うような作品を作ってみようということで、逸平さんが書いてくれて、一緒に肉付けをして一つの作品に創り上げたものです。舞台に描かれている鏡の松にまつわる話で、神々との触れあいや、芸能とはそもそもどういうものなのかということを描いています。「逸青会」の代表作として最も大事にしていています。 そして15年目にして初めて(茂山逸平の父である)茂山七五三先生と父(尾上墨雪)が新作『御札』に出演してくださいます。我々の子どもたちもそれぞれ成長してきたので、親子の共演も多くあります。この新作は「お札はがし」をモチーフにして、能舞台という空間に敬意を持って創っているので、“セルリアンタワー能楽堂で演るならこれだね”と思っていただけるようなものにしたいです。 ■すべての経験が“今”に生かされる ──「逸青会」はご自身のキャリアの中でどういう意味があったと実感されていますか? 菊之丞: 継続的に取り組んできたものなので、すべてに意味があったと思います。さまざまな実験やチャレンジを重ねてきて、この15年間、ものを創ることへの苦しさや怖さがあって、特に楽しいものや笑いが生まれるものを創るのは大変でした。古典芸能のエッセンスを混ぜていることへの批判や指摘を受けそうな、すれすれのところに挑んでいたので、お客様がどう反応するのか幕が開くまで怖さを感じていました。そうした感覚など、この公演で培ったものは、確実に他の仕事に生きている。今では「逸青会」が何をやるにも必ず通過するハブのような存在になっていて、そうした場所があることは自分にとってとも大きいと思います。 ──振付やプロデュースが多い菊之丞さんですが、以前、インタビューさせていただいた際に、「演じる方が好き」だとおっしゃったことが印象的でした。「逸青会」は演じる場としてもよい経験をされたのではないでしょうか? 菊之丞: まさにその通りで、演じる機会がなかなかない中で、「逸青会」という存在は大きいですね。ありがたいことに、昨年、初めて新派のお芝居に出演させていただきました。齋藤雅文先生が波乃久里子さんに当て書きされた『新版 糸桜』という作品でしたが、様式は違えども、演劇の面白さやお客様の反応、熱量というものを違う意味では感じることができました。これまでは我慢していたことも多々あるので、また機会があれば演りたいなと思います。 ──これからの展望をお聞かせください。 菊之丞: これまでの自分は何をやっているんだろうと思うくらい、いろいろと飛び回っていましたが、そろそろ重みを持ってやるべきなのかなとは思います。しかし、自分の性分なのか、できそうにもないことをやりたいという欲求がどこかにあって、それは若い時から変わりません。今は、ただ続けていくのではなく、思うことに挑戦し続けたいと思います。 「逸青会」は逸平さんと僕の前名である尾上青楓の名前の一字をとって名付け、僕が菊之丞を襲名した際に変更することも提案されましたが、なかなかいいバランスにならないので、そのままこの名を使い続けることにしました。僕自身としては青楓の時の感覚や気持ちみたいなものを残せたらいいかなと思いました。当時の自分と常に繋がって、そこを大事にしながらこれからも取り組んでいきます。 尾上菊之丞(ONOE KIKUNOJYO) 東京都出身。日本舞踊尾上流三代家元、二代尾上菊之丞(現・墨雪)の長男。2歳から父に師事し、1981年、国立劇場『松の緑』で初舞台。1990年に尾上青楓の名を許される。2011年8月、尾上流四代目家元を継承すると同時に三代目尾上菊之丞を襲名。流儀の舞踊会を主宰し、古典はもとより新作創りにも力を注いで様々な作品を発表している。歌舞伎やフィギュアスケートのショーなどで、振付、演出を数多く手がけている。 「逸青会」 会場:渋谷セルリアンタワー能楽堂 住所:東京都渋谷区桜丘町26番1号 地下2階 上演日程:2024年8月18日(日)~25日(日) 問い合わせ:尾上流事務所 info@onoe-ryu.com 茂山狂言会事務局 info@kyotokyogen.com BY SHION YAMASHITA