J1復帰を狙う松本山雅の田中が継承する亡き松田の魂
接触プレーが避けられないサッカーにおいて、右目に対する恐怖心は抱かなかったのか。田中に聞くと、笑顔とともにこんな言葉が返ってきた。 「まったくないですね。ピッチの俺を見てくれれば、わかるでしょう」 離脱前よりもある意味ですご味を増した運動量の多さとハードワークぶりに、反町監督が「これからの戦いでキーパーソンになってくる」と目を細めこともある。174センチ、64キロの田中の体に脈打つ熱き鼓動を支えていた思いのひとつは、ブログに幾度となく書き込まれたこの言葉となるはずだ。 「中途半端なプレーをしたら、まつさんに怒られちゃうから」 時間の経過とともに、松本で松田さんの薫陶を受けた選手は飯田ら3人だけとなった。それでも遺族との交流は途切れることなく、クラブ史上最多の1万9632人がアルウィンに集結した横浜FC戦には、松田さんの姉・真紀さんも駆けつけていた。 7月24日のV・ファーレン長崎戦から、クラブ新記録となる16戦連続無敗の快進撃を続けた松本は、2試合を残した時点で首位・札幌に勝ち点で並んだ。しかし、続くFC町田ゼルビア戦で喫した黒星が響いて札幌に逃げられ、怒涛の9連勝をマークした清水にも逆転された。 それでも、ショックを引きずることなく、最終節でしっかりと手にした勝利が松本にとって初体験となるJ1昇格プレーオフにつながる。実際、田中はこんな言葉を残してもいた。 「サッカーはそんなに甘くないし、スムーズにいくとも思っていない。こうやって試練を俺たちに与えてくるし、そうしたプレッシャーを乗り越えてこそ昇格にふさわしいチームだと思う。何か新しいことをするのではなく、自分たちのスタイルと仲間を信じて、松本らしいサッカーをする」 リーグ最少失点を誇る松本のスタイルとは前線からひたむきにプレッシャーをかけ続け、がむしゃらにボールや相手に食らいつき、ここぞという場面でセットプレーを中心に一丸となってゴールを奪うこと。その象徴を担ってきた田中は、「山雅でやり遂げなければいけないことがある」を口癖としてきた。 それは再びJ1の舞台に戻り、定着すること。その第一歩となる岡山戦、そして引き分け以上で再びアルウィンでセレッソ大阪と京都の勝者と対峙する12月4日の決勝へ、田中が魂のこもった一挙手一投足で松本をけん引していく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)