勝機をつかんだ「10円シュークリーム」 シャトレーゼが“おいしいのに安い”秘密
両親から学んだ考え方を「経営のものさし」に
「三喜経営」の考え方は、私の両親の教えが元になっています。山梨県でぶどう農園とワイン醸造を営んでいた父は、近所の農家に栽培指導を行なう地域の世話役のような存在でした。教師をしていた母はとても優しい人で、退職後もかつての教え子が何人も訪れて、わが家はいつも私塾のように賑わっていました。 ところが、戦後、父が事業拡大に失敗し、大きな借金を抱えることになります。そんなときに助けてくれたのは、両親の友人や近所の人たちでした。 いつも人のために尽くしてきた両親だったからこそ、苦しいときに救いの手を差し伸べてもらえたのだと思います。こうした両親の姿から、利他の心で誰かのためになることをしていれば、回り回って自分に返ってくると学んだのです。 創業から10年後の1964年、アイスクリーム工場を立ち上げ、いよいよ会社としての理念を掲げようとしたときに、両親から学んだ考え方を根本に据えて「三喜経営」としました。以来、何か判断を行なうときは必ず、この考え方をものさしとするようにしています。 たとえば、こんなこともありました。私は戦中派の古い人間ですから、かつて、会社は上場して一人前だと考えて、その準備を進めていました。ところが、まさに上場する日の前夜、「本当にそれでいいのだろうか」という思いがよぎりました。 上場すると、お客様よりも株主が第一。「三喜経営」に照らし合わせれば、それではダメだと思い直し、上場を取りやめることにしたのです。今でもこの判断は正しかったと思っています。 やはり株主の顔色をうかがっていては、なかなか思い切った挑戦ができなかったでしょう。投資価値を追求する「物言う株主」がいないからこそ、お客様のことを一番に考えた商品が出せるのです。
おいしさ、安さ、安心で喜びの輪を広げる
弊社の商品は、テレビCMや新聞広告を一切していません。宣伝に費用をかけるよりも、その分、お客様に喜んでもらえるよう、商品を安くしたりサービスを向上させるなどで還元したい。その結果、口コミでお客様の輪が広がっていくことが理想だと考えています。 このように言うと商品の安さばかり追求しているように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。大事なのは、安さの前においしさです。弊社の商品づくりの基本は、「安いのにおいしい」ではなく「おいしくて安い」。創業以来、おいしさにはこだわり続けています。 それを象徴しているのが、独自の生産流通モデル「ファームファクトリー」。原材料を契約農家から直接仕入れ、国内の自社工場で製造し、全国のお店へダイレクトに配送する、問屋を通さないシステムです。 これによって、もちろん中間マージンを省けるというコスト上のメリットもありますが、それ以上に良質の新鮮な素材で商品をつくり、おいしい状態でより早くお客様にお届けすることが実現できています。 契約農家に対しては、先方の利益を見込んだ固定価格で購入していますので、季節や相場によらず安定した収入が得られると、こちらにも喜ばれています。お客様も喜び、農家も喜び、われわれも誇りを持ってお菓子づくりができる。まさに「三喜経営」に適った仕組みなのです。 また、素材の味を活かすためには水にもこだわりたいと思い、山梨県北西部の白州に工場をつくりました。たとえばあんこをつくる際は、小豆を洗う段階から白州の名水を使っています。乾いた小豆はよく水を吸うため、最初からいい水を使うことで味に大きく差が出てきます。 卵についても、白州の広大な土地で放し飼いにした鶏に産ませたものをお菓子づくりに用いたいと考えています。もちろんコストは上がりますが、それに見合う以上においしいものができるはずです。 このように他社がやっていないことに挑戦してお客様に喜んでいただくことは、われわれの使命であるといえます。無添加や糖質カット、アレルギーフリーの商品づくりを行なっているのも、まさにその使命からです。 他社にもこうした商品はありますが、高価な割に大抵味はいまひとつ。確かに、添加物を使わないと風味が落ちやすく日持ちもしにくいですし、糖質やアレルギーを誘発する卵、牛乳、小麦粉を使わずにおいしくするには、とてつもない開発の手間とコストがかかります。 特にアレルギー対応の商品をつくる際は誘発物質がわずかでも混入してはならないので、工場内を徹底的に清掃して、他のラインもすべて止める必要があり、手間とコストが余計にかかります。 それでも、「アレルギーを持つ子供にもみんなと一緒にケーキをおいしく食べてもらいたい」という社員からの提案でプロジェクトとして取り組み始め、挑戦し続けています。 おかげさまで、「シャトレーゼのものはおいしくて安い」と好評をいただいています。何より嬉しいのは、アレルギーを持つ子供のお母さんから、思わず涙が出るようなお礼のお手紙が届くことです。こうした喜びの輪を広げることが、事業の成長にもつながると考えています。