40年間"事件取材の鬼"だった62歳が新聞社を退職し「短大の保育学科に入りたい」と告げた時の妻の辛口対応
■「事件取材の鬼」ぶりを発揮した学生生活 かつては「事件取材の鬼」と呼ばれた。だが、同級生たちは当初、緒方さんの経歴をまったく知らなかったという。 ただ、教員の中には知っている人もいて、児童虐待などの講義中に職歴を紹介され意見を求められることがたびたびあった。緒方さんは「それで私の“ヤクザな来歴”が知れ渡ってしまった」と話す。 以降は学級新聞の編集長を頼まれるなど、キャリアを生かして活躍することもしばしば。長年の記者生活で身につけた心構えも、勉強はもちろん教員や同級生と接する上で大いに生きた。 相手の話をじっくり聞くこと。相手の言葉が理不尽だと感じたら丁寧に真意を聞きただすこと。見たこと聞いたことすべてをノートに書きとめ、後で「言った」「言わない」の水掛け論にならないようにすること。熟練の記者だった学生を前にして、教員もさぞ気が引き締まっただろうと思う。 ■「先生より緒方さんから学んだことの方が多かった」 同級生からプライベートな相談を持ちかけられるようにもなり、知識はもちろん学友との交流も深めることができた2年間。卒業式の前日、同級生たちからもらったメッセージ集は今も大切な宝物だ。 「何に対しても一生懸命、私たち一人ひとりの気持ちを受け止めてくれる、子どもの命を何よりも重んじる。こんなに尊敬できる方に出会えたのは初めてです」 「先生より緒方さんから学んだことの方が圧倒的に多かったです」 「いっぱい助けてくれてありがとうございました。2年間一緒に過ごせて幸せです。また絶対会いましょう。約束です」 感謝と親しみのこもった言葉からは、緒方さんと同級生たちとの間に確かなきずなが生まれたことがうかがえる。 「『きずなができた』なんて言うと、それはもう同級生の皆さんに失礼になりますけども、少なくとも『さっさと離ればなれになれてよかった』という言葉は耳に届いていませんので、そこはよかったなと(笑)。とにかく慈愛に満ちたお言葉ばかりで、胸が熱くなりました」 勉強や実習を進めるうち、記者と保育士との共通点にも気づいた。 どちらも子どもを守るべき存在であり、同時に児童虐待の防止などを通して社会をよりよくする任務も背負っている。そこに気づき、自分はひと続きの道を歩んでいるのだと確信できたのも大きな収穫だった。