戦争を知らない日本人に突き付けられた悲痛な日常(レビュー)
ガザの人口のおよそ半数はこどもたちが占めている。〈ここでは、6歳以上のこどもはみな、3回以上の戦争を経験している、「戦争しか知らないこどもたち」だ〉――初版の刊行は2015年5月。戦争を知らないこどもたち、というフレーズすら遠い昔となった日本の読者にとって、その文言は強烈な印象を残した。 それから10年近くが経ち、「戦争しか知らないこどもたち」は「戦争しか知らないおとなたち」にならざるを得なかった。昨年10月に爆撃が始まって以来、死者の数は4万人を超えた。ページの向こうでかすかな笑顔を見せていたこどもが、今はどんな表情をしているのかと思うと一層胸が痛む。 本書は2014年7月から始まったイスラエルとガザとの戦争中の数日間と、停戦後の数日間に写し取られた人びとの生活の記録だ。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の保健局長である著者が、自らのiPhoneで撮影しながらレポートした。現在は3刷。 「ガザの悲痛な現況を鑑み、昨年末に緊急重版することにしました。この本は、まさに現場に関わっている人間が、現地で自ら写真を撮ってノンフィクションにしている。一次資料としても価値の高いものだと思っています」(担当編集者) また、こうした本が児童書のカテゴリで、しかも写真絵本という形で出版される意味も非常に大きい。 「大人向けの書籍はどうしても大文字の情報に偏ってしまいがちというか。枠組みだけでなく、“日常”が見えてくる本が必要なんだと思います」(同) 例えば、砲撃で窓ガラスが割れた小児病棟の写真。爆風によって亡くなったこどもたちが寝ていたベッドの傍らの壁には、ミニーマウスの絵が描かれている。あるいは、瓦礫の山の前で問いかける初老の男。〈わたしの一生をかけて家族のためにビルを建てました。もし、それがたった5分の攻撃で崩壊したら、どう思うでしょうか〉――そこには、将来が見えない不安のなかを生き続けなければならない悲痛な叫びが確かに刻みつけられている。 「自分に引き寄せて考える。まずはそこからすべてが始まるんだと思います」(同) [レビュアー]倉本さおり(書評家、ライター) 1979年、東京生まれ。毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」、文藝「はばたけ! くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道をゆく!」を担当、連載中。ほか『文學界』新人小説月評(2018)、『週刊読書人』文芸時評(2015)など。ラジオ、トークイベントにも多数出演。作品の魅力を歯切れよく伝える書評が支持を得ている。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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