ゆりあん主演『極悪女王』の監督・白石和彌、師からの言葉を胸に築いたバイオレンスな地位
救われない声なき人の声を掬い上げたい
『日本侠客伝』『仁義なき戦い』シリーズなどの脚本を手がけた巨匠・笠原和夫氏に関する書籍『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』。その中で集団抗争時代劇『十一人の賊軍』のプロットの存在を知った白石は、60年前に書かれた16ページに及ぶあらすじを読み、鳥肌が立ったことを覚えている。 「名もなき罪人たちが、国境の砦に立てこもって官軍と戦うというアイデアももちろん素晴らしかった。でももうひとつ。1年かけて書いた脚本を当時の東映京都撮影所所長に“全員討ち死に!? 何考えとるんや!”とボツにされ、頭にきた笠原さんがシナリオを破り捨ててしまったというドラマチックなサイドストーリーにも惹かれ、東映さんに企画を持ち込みました」 東映社内では、時代劇というジャンルそのものに否定的な意見が出たものの、 「これを東映がやらずして、どこがやるんだ」 「劇中で放たれる“バカは罪じゃねぇ”というセリフが象徴するように、この現代、バカげたことに失敗を恐れず挑む精神こそ必要だ」 といった声に押され、東映のレジェンド・笠原氏のプロットを『孤狼の血』シリーズの白石・池上のタッグが映画化に挑むプロジェクトは動き出した。 「罪人が全員、犬死にしていくラストは、明るい未来を夢見る高度成長期なら警鐘を鳴らす意味でもフィットする。ただ今作は、今の時代に作る時代劇。だからこそ、弱き者が生き残り、力強く生きていく、そんなメッセージを込めたかった」(池上) 撮影は昨年8月から11月にかけて4か月にわたって行われた。中でも9月上旬から10月下旬の2か月間は、千葉県鋸南町の元採石場に砦のオープンセットを築いた。そこには賊軍が立てこもる砦の吊り橋、大門、本丸、物見櫓はもちろんのこと、吊り橋の下には人工の川までこしらえるという本格的なものだった。 その中で、まるで黒澤明監督の『七人の侍』に勝るとも劣らない合戦シーンの撮影が酷暑の中、連日連夜行われた。 「この映画の主人公は名もなき罪人たち。罪人になら何をしてもいい。そうした風潮が今の世の中にもある。そんな世の中でいいのか。声なき人たちの声を掬い上げる視点もこの映画の重要なテーマのひとつです」 そう熱く語る白石。その顔から、柔和な笑みはすでに消えていた。高校2年生の娘を持つ白石には子育てに関するポリシーがある。 「子どもの骨を拾ってあげる覚悟を持っていたい。それが夢を追う子どもを持つ親の最大の役目ではないでしょうか」 子どもに向けるまなざしは、映画界で働く夢を後押ししてくれた母と同じもの。 ところが何年か前に、 「女優になりたい」 と娘に言われ、 「世の中の映画監督は、パパみたいに優しい人ばかりじゃないよ」 そう言って反対していたことを明かした。ハードボイルド&バイオレンスの世界で生きている映画監督から一転、父親の顔をうかがわせた瞬間だった。 「親の心、子知らず」なのか、はたまた「親の背を見て子は育つ」なのか─。彼の夢そのものの映画という世界で、父娘の“共演”が見られる日は来るのだろうか。 <取材・文/島 右近> しま・うこん 放送作家、映像プロデューサー。文化・スポーツをはじめ幅広いジャンルで取材執筆。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、『家康は関ヶ原で死んでいた』を上梓。現在、忍者に関する書籍を執筆中。