ゆりあん主演『極悪女王』の監督・白石和彌、師からの言葉を胸に築いたバイオレンスな地位
結果を出すため、もがき苦しんだその先に
'99年に実際に起きた凶悪殺人事件を題材にした、映画『凶悪』を撮り、数々の映画賞を受賞。 白石は映画監督として華々しいキャリアをスタートさせたかに見えた。しかし実生活は、火の車だった。 「妻が働き、私は幼い娘の世話をしながらアルバイトをする生活。妻から“一体いつになったらお金を稼いできてくれるんですか”と言われたこともありました。映画賞でもらった150万円もすぐに生活費で消えました。スーパーの野菜の棚卸しの面接に行って落ちたときはショックだったな」 助監督時代とは打って変わって年収100万円にもいかないのが映画監督の実態。当時を知る脚本家で、前出の池上は監督として苦しむ白石についてこう振り返る。 「『凶悪』で賞を取ったから順風満帆かと思っていました。 ところが知人の葬式で会ったら暗い顔をしている。理由を聞いたら原作モノの企画が通りそうだったのにダメになったと落ち込んでいました。いくら企画を立ち上げても撮影に入らないとお金にならない。監督業はつらい仕事なんです」 見るに見かねて池上が温めていた企画を白石に託した。すると数か月後に企画が通ったと連絡があった。これが3作目になる『日本で一番悪い奴ら』である。 監督として必死にもがき苦しむ白石。結果が出なければ、監督を廃業するしかない。そうした思いで一作一作精魂込めて映画と向き合った。 そんな白石が沼田まほかるの原作に惚れ込み映画化したのが蒼井優と阿部サダヲがW主演する恋愛映画『彼女がその名を知らない鳥たち』('17年)である。 「僕にはキラキラした恋愛映画のオファーは来ません。恋愛経験の少ない僕なりに描ける愛はないか。そんなことを考えていたときに出会ったのがこの原作です。人間は不完全な生き物だからこそ愛おしい。汚くて不気味な陣治(阿部)が、実は無償の愛を秘めたヒーローのような人だと十和子(蒼井)が気づく。その瞬間の十和子の表情が撮りたくてこの映画を作りました」 この作品で蒼井は日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。ラストシーン。オレンジ色の光の中で魅せた十和子の表情こそ、白石監督が描く恋愛映画の名場面として永遠に語り継がれるに違いない。