強盗は“押し入り”だけでなく“引ったくり”にも注意! 6年前に路上で襲われたシングルマザーが語る「恐怖の一夜」
■襲われている時に考えていたこと 男は無言で近藤さんの腹の上に馬乗りになり、手首を押さえつけたり、強姦をたくらんでいたのかトレンチコートのベルトを外そうとしたりしてきた。近藤さんは必死に暴れたが、大の男の力には到底かなわず、肩や胸などを十発以上殴られた。男は終始淡々とした様子で一言も発さず、顔はフードに隠れてよく見えない。 事件の最中どんなことを考えていたのか、近藤さんはこう振り返る。 「ここで殺されるんだと思いました。パニックで頭がよく回らないのですが、死ぬことへの恐怖と、シングルマザーなのに13歳の息子と8歳の娘はこの先どうなるのかという不安だけが、ぐるぐると駆け巡っていました」 近藤さんに唯一できる抵抗は、声を出すことだけだった。「ぎゃー!!」と力の限り叫び続けると、男はおとなしくさせようと手で口をふさいできた。さらに口の中に指を突っ込んできたので、思いきりかみついた。 すると、近くの家で飼われていた犬が、叫び声に反応してワンワンと吠えはじめ、男は一目散に走り去っていった。永遠に続くかのように思えた攻防は、時間にしておよそ数分。路上にはバッグの中身が散乱しており、現金3万円が入った財布だけがなくなっていた。 近藤さんは事件現場から約100メートルの距離にある知り合いの焼肉店に助けを求め、店主夫婦の110番通報により、深谷警察署に保護された。警察官には救急車を呼んだほうがよいか何度も聞かれたが、「大丈夫です」と断った。 「顔や口の中が切れて少し血が出ていましたが、そのほかはどこが痛いのかよくわからなくて。でも事件直後は興奮状態だったので、アドレナリンで麻痺(まひ)していただけでした。日が経つにつれて、体のあちこちに打撲の痛みが出てきて、路面に打ちつけた背中には大きなアザがありました」
■今でも「とにかく暗闇が怖い」 特に悩まされたのは、左胸の痛みだ。「肋骨(ろっこつ)にひびが入っているのでは?」と病院でエックス線検査を受けても異常は見つからず、頭痛や目まいもあったため心療内科を受診すると、強い不安感による心因性の心臓痛、つまり事件直後のASD(急性ストレス障害)だと診断された。 胸の痛みは数カ月かけて癒えていった。だが命の危険に直面した恐怖は、今でも“トラウマ”として刻み込まれているという。 「とにかく暗闇が怖いんです。事件以前は実家の離れで生活していましたが、夜に庭を数メートル歩くことさえ難しくなって、母屋で寝起きするようになりました。背後の気配にも敏感になって、昼間人が大勢いる新宿の大通りでもちょこちょこ振り返って確認してしまうし、今も夜道で後ろから人が歩いてくると、立ち止まって先に行ってもらいます」 自身を襲った強盗犯は、事件から6年がたった現在もまだ捕まっていない。そして、高額報酬をちらつかせて犯罪の実行役を募集する“闇バイト”の広がりもあり、悪質な強盗事件は連日起きている。 強盗のニュースを見るたび、「被害者はどれだけ怖かっただろう」と、つらい気持ちになるという近藤さん。同じ経験を持つからこそ、被害に遭った人に伝えたいアドバイスがある。 「私は、事件後すぐに仕事に復帰してしまいました。家に引きこもっていたら余計にふさぎ込むかなと考えての判断でしたが、集中力が続かず思考もあちこち散らばる、ふわふわした精神状態が数カ月続きました。タスクを計画どおりこなせなかったり、考えられないようなミスをしたりして、自己嫌悪にも陥る始末。事件のダメージというのは想像以上なので、心身を休めて回復させる時間が必要だったなと思います」 被害者の声を社会で共有し、危機意識を高めることが、自分の身を守る第一歩なのかもしれない。 (AERA dot.編集部・大谷百合絵)
大谷百合絵