パナソニック流デザイン経営の3年間の歩みと現在地
パナソニックグループでは、事業経営にデザインのプロセスや思考を活用する「デザイン経営」の考え方を取り入れ、「未来起点」と「人間中心」のサイクルを回し続け、事業の本質的な競争力を強化する“パナソニック流のデザイン経営”を推進している。 BTCメンバーで構成された支援チームがバックキャストやファシリテーションの知見を基に、事業部や部門側の実践チームを支援、伴走する 未来起点とは、現状から考えるのではなく、実現したい未来像からバックキャストで取り組むべきものを捉えることを意味し、人間中心とは、自社視点ではなく人/暮らし/社会/環境の視点でどのような価値があるのかを考える思考を意味する。目指すのは、人や社会にとって理想的な未来像を解像度高く構想した「未来構想」の創出であり、それが事業の長期目標の明確化と方向性を位置付け、さまざまな意思決定の根拠となる。 こうした活動をグループ全体で推進するために、2021年10月に発足したのが「デザイン経営実践プロジェクト」だ。デザイン経営実践プロジェクトのBTC(Business、Technology、Creative)メンバーで構成された支援チームが、事業戦略の策定に携わるメンバーに対し、事業の将来像を解像度高く、未来起点で描けるよう支援する活動を行う。デザイン経営実践プロジェクトは、パナソニック ホールディングス 経営戦略部門の中に位置付けられ、プロジェクトオーナーをグループCEOの楠見雄規氏が、プロジェクトリーダーを執行役員 デザイン担当の臼井重雄氏が担っている。 2024年11月18日、合同取材に応じた臼井氏が約3年間の活動進捗(しんちょく)や活動成果について説明した。
「デザイン経営実践プロジェクト」が目指すもの
デザイン経営実践プロジェクトの意義について、臼井氏は「事業主体が掲げるMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)やパーパスと、実際に活動を行う長期戦略/中期戦略との間に距離があり過ぎるため、その間にある『起こり得る未来』の部分の解像度を上げ、長期戦略の起点となる社会/顧客価値の到達目標を言語化ていくことが未来構想の取り組みであり、ここをデザイン経営実践プロジェクトが支援する。未来構想を起点にバックキャストすることが重要であり、それが既存事業からの第一歩目を大きく変えてくれる」と述べる。 実際に、デザイン経営実践プロジェクトの支援を受ける事業部や部門側でも、同じくBTCメンバーで構成されたチームを編成し、実践リーダーを社長/事業部長などが担い、Businessの部分は経営企画やマーケティング担当が、Technologyの部分は技術担当が、Creativeの部分はデザイン担当がメンバーとして参加する。「例えば、デザイナーが在籍していない場合には、パナソニック デザイン本部からサポートの人材を入れるなどして対応している」(臼井氏)。このような体制の下、BTCメンバーで構成された支援チームがバックキャストやファシリテーションの知見を基に、事業部や部門側(実践チーム)の活動を伴走する。 「デザイン経営とは、デザイナーが経営を引っ張っていくという話ではなく、デザインの思考プロセスを経営に取り入れることだ。主役はあくまでも経営者/事業主体の長になる。経営者/事業主体の長がデザイン思考をきちんと取り込めるかどうかが最大のポイントになる」(臼井氏) デザイン経営実践プロジェクトでは、長期視点経営の起点となる、1回4時間/全10回のワークショップ「未来構想プログラム」を約半年間にわたって展開し、グループ内での浸透と自走化の強化に取り組んでいる。その中でも、特に重要視しているのがキックオフ時に実施される事業部長を対象にした「ポジティブマインドセットインタビュー」だという。 ポジティブマインドセットインタビューでは“未来のことを考える場”を設定し、そこに思いを巡らして、事業部がどこを目指しているのか、どこを目指したいのかを聞き出す。そうすることで、日頃数字や成長に追われる事業部長個人のビジョン(「本当はこうしたい」「実はこんなことがやりたい」など)を引き出し、未来構想に向けた思考、認知変容を促し、未来創造を“自分ごと化”する。「最初は乗り気でなくても、未来に向けた仕込みをしないことには継続的な事業はなし得ないため、次第に事業部長の熱量も上がっていき、実践チームへと波及し、自走力が高まっていく」(臼井氏)。 そして、1つの事業部での活動が、隣の事業部へ好影響をもたらし、当初の事業部単位を対象にした活動ではなく、事業会社単位、機能軸での活動にまで発展。未来構想プログラムも、当初のありたい未来像の具現化から、それを実現するために「自部門がどう変わるのか」をより問う内容のプログラムへと進化を遂げているという。 また、デザイン経営実践プロジェクトでは自走力強化と行動変容を促すために、未来構想プログラムを展開/開発するとともに、「ファシリテーターの問う力の育成」にも取り組む。経営戦略部門を中心に育成を行う未来構想エキスパート人材は3人(2022年6月時点)から11人(2024年11月時点)へ、リード人材の数も0人(同)から82人(同)へと大幅に増えている状況にある。その結果、「こうした人材が自走するようになり、いろいろなプロジェクトが社内で自発的に立ち上がっている」と臼井氏は説明する。