「リュウグウ」サンプルの生物汚染発見が、逆説的にJAXAでの汚染排除の適切さを証明
リュウグウのサンプルで見つかった汚染が示すもの
JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が採集した162173番小惑星「リュウグウ」のサンプルを収めた帰還カプセルは、2020年に地球に帰還しました。サンプルは世界中の様々な研究機関が分析を行うため、JAXAの施設で配布用の容器に詰め替えられました。この時、カプセルからの取り出しと、配布用容器への密閉に至るまで、全てクリーンルーム内で取り扱われました。地球に帰還したカプセルは真空に近い環境で開封され、配布されるサンプルは窒素で満たされた容器内に封印されました。 Genge氏を筆頭著者とする国際研究チームは、サンプルが配布された研究チームの1つであり、1.0mm×0.8mmの微小なサンプル(サンプル番号A0180)を分析しました。分析の過程でサンプルの表面を電子顕微鏡で観察したところ、サンプルの表面に生物の細胞に類似した糸状の構造を発見したことを論文で報告しました。「厳重に管理されているはずの小惑星のサンプルに生物の細胞が付着している」という話は、一見すると地球外生物の発見にも思えます。
しかし、今回見つかった細胞の形状は、地球で普遍的に見られる細菌の細胞ととても似ています。正確な種の特定にはDNAの分析などをしなければなりませんが、研究チームは細胞の形状と、どこにでもいるという普遍性から、細菌はバシラス属(バチルス属)の仲間だと推定しています。変種の納豆菌がよく知られている枯草菌、病原体である炭疽菌やセレウス菌などを含む非常に広いグループです。もし仮に、リュウグウに独自の生物が生息していたとすれば、何十億年も前に誕生・進化した生物が、地球の生物と区別がつかないほど似ている、というあり得そうもない偶然が起きないといけないことになります。 リュウグウのサンプルに地球の細菌が付着しているということは、サンプルが地球の物質による汚染を受けたことになります。その汚染は、Genge氏らの研究チームが、分析のためにサンプルを取り出したタイミングであると同研究チームは考えています。まず、見つかった細菌の数や成長度合いは、汚染から電子顕微鏡による観察までに約5.2日経過したことを示しています。リュウグウのサンプルが詰め替えられてからGenge氏らが開封するまで1年以上かかったことを考えると、時間が合いません。 また、Genge氏らは開封前にX線ナノCTでサンプルの立体形状を撮影しており、開封前のサンプルに生物細胞は付着していないことを確認しています(※2)。従って、JAXAでの詰め替え時に汚染されたとは考えにくいことです。Genge氏らも論文内で、JAXAでの汚染管理プロトコルは「最高水準(highest standard)」であると述べており、JAXAでの取り扱い中に汚染されたとは考えていません。 ※2…今回の論文では、解像度の問題があり、生物細胞を見逃してしまう可能性はゼロではない、とも述べていますが、本文の通り他の角度からの観点も併せると、開封前の付着の可能性は排除できます。 Genge氏らがサンプルを取り扱った際の状況は論文内に書かれています。その中の気になる記述として、分析用にサンプルを加工するために開封した際、「地球大気に晒された(exposure to terrestrial atmosphere)」と書かれています。取り扱った器具の滅菌状況は説明されているものの、大気については特に滅菌状況が説明されておらず、このタイミングで汚染されたと考えるのが妥当です。この後サンプルは分析用に炭素薄膜とエポキシ樹脂で周りをコーティングされたこと、汚染から発見まで約5.2日という時間は、開封からコーティングまでの時間とほぼ一致すること、表面をカットした断面には生物細胞が付着していないことから、Genge氏らがインペリアル・カレッジ・ロンドンにてサンプルを取り扱ったタイミングで汚染された、と考えるのが妥当なのは間違いありません。