被災地神戸、優しく心に寄り添う 震災30年に合わせた映画「港に灯がともる」 富田望生さん主演、17日公開
阪神・淡路大震災の年に生まれた女性・灯(あかり)と家族の葛藤、そして成長を描く映画「港に灯がともる」が17日から、神戸市中央区のシネ・リーブル神戸など、県内各地で上映される。神戸に暮らす人々に取材した安達もじり監督(48)と灯を演じた富田望生(みう)さん(24)に、作品への思いを聞いた。(安藤真子) 【写真】映画の一場面 ■主演・富田望生さん 「ゆっくりと心に届いたら」 主人公の金子灯は、阪神・淡路大震災の年に生まれた在日コリアン3世。富田望生さんは灯を演じながら、「生きづらさを抱え、自分の所在や反省点を探してしまう女性。灯という女性を見守っていた感覚だった」と振り返る。 灯は阪神・淡路を経験していないが、富田さんは小学5年生のとき、東日本大震災を地元福島県で経験した。だが今作の撮影に際し、「震災を経験していない灯を演じるために気持ちを空にする必要があった」と話す。「自分の経験や感情を置いていくことに迷いはなかった。クランクイン直前まで脚本すら開けなかった」と明かす。撮影開始1週間前から神戸に住み、灯が生きている街、神戸を体になじませた。 2024年春、約1カ月の撮影はすべて神戸で行われた。「灯が初めて訪れる感覚を大事にしたかったので」と、重要な舞台となる長田・丸五市場には撮影が始まってからは当日まで足を運ばなかった。市場の日常や人々とのコミュニケーションが「灯にとっても私にとっても『呼吸しているな』と思える瞬間だった」とほほえむ。 現場で1時間の休憩があればなじみの店に顔を出した。カメラの回っていないところでも「山側、海側」と言うように。そんな様子は地元の人たちから「私らより神戸っ子やな」と感心されるほど。「神戸はもう一つのふるさとになった」 灯の抱えるしんどさを表現するシーンも多く、「(双極性障害の症状で)灯が眠れないというシーンの前日は、私も実際に眠れなかった」。そんな中、新たな出会いを通して少しずつ自分を取り戻し、「暮らしやすさや生きやすさは人それぞれ」と言えるようになる。「うそのない、優しい物語になった」と自負する。 今作のメッセージを「『希望』や『伝承』ではなく、どちらかと言えば『神戸で生きている人を大切にする』ことだと思う」と富田さん。「今日も神戸のどこかで灯が生きていると思ってもらえれば、少し優しくなれる」といい、震災をどう捉えていいか分からない灯のように、震災の後に生まれた人たちが、神戸と自分の人生に向き合っていく助けになればと願う。 「神戸に流れるゆったりとした、どこかマイペースな時の流れのように、世に出たこの作品が、ゆっくり歩いていってくれたら」と望む。「遠くから聞こえる汽笛の音のように、ぽつりぽつりと見てくれた人の心に届いたら」 ■監督・安達もじりさん 取材通じ実感「伝えないと」 被災者の心のケアに尽力し、39歳で早世した精神科医、安克昌(あんかつまさ)さんの著書を原案にしたNHKドラマ「心の傷を癒すということ」の総合演出を務めた安達もじりさん。ドラマは再編集され、映画(2021年)にもなった。映画化にも携わった安医師の弟・安成洋(せいよう)さんから「震災30年のタイミングでもう一度、神戸を舞台に心のケアをテーマにした映画を作れないか」との打診があって本作が始動。成洋さんが合同会社「ミナトスタジオ」を立ち上げ、本作を製作、NHKエンタープライズに出向中だった安達さんが再び監督を務めることになった。灯役には東日本大震災の被災地、福島県出身で、映画初主演となる富田望生さんを抜てきした。 「心に傷を負った女性が、時間をかけて普通に息ができるようになるまでの物語」と安達監督。「しんどいことがあっても『自分なりのペースでいい』ということがほんのりでも伝わればうれしい」 構想を練るため30人以上に話を聞いて「被災経験のある方は自分の人生を震災の前と後に分けて語られる。それほど大きな出来事なのだと肌身で感じた」と振り返る。これが震災後世代になると「伝えていかなければいけないこと」と捉える若者がいる一方で、「教科書で習った出来事」と、他人事のような答えも帰ってきた。 主人公については「街の復興にも時間がかかる。人についても30年という時間の中で見つめたかった」と狙いを説明する。 長田の丸五市場、大丸山公園にカメラを持ち込んだ。「多様なルーツを持つ人々が暮らす長田を舞台にすれば多文化共生など、現代的なテーマもちりばめられる」。さらに垂水の洋館や元町の中華街なども巡る。「灯が神戸を横断するように脚本を作った。人をほどよい距離感で受け入れる街の雰囲気が匂い立てばうれしい」 被災経験の有無やルーツなど、異なるバックグラウンドを持つ人々が登場する。「相手のことを十分に理解できなくても、ほんのちょっと想像すれば世の中が少し優しくなるのでは」 自身は震災当時、「近いけれど対岸だった」京都の高校3年生。発災から10日ほど後、父に同行して大量のカイロを持って神戸入り。避難所の中にあった遺体安置所も目の当たりにした。 今回また「いろんな人の話を聞いたからこそ、伝えないといけない」という思いを強めた。「神戸という街のベースに1月17日はある。これからも神戸を見詰め、神戸で生きる人たちの作品を撮っていく」と決意を語った ◇ 【あらすじ】阪神・淡路大震災で家屋が多数焼失した神戸・長田の在日コリアンの家庭に金子灯(富田望生)は生まれた。ルーツの自覚は薄く、震災の記憶もない灯は、父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)が口にする家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられる。孤独といらだちを募らせ、アイデンティティーの悩みから心の病を発症。コロナ禍を経て治療を続け、さまざまな人に出会う中で生きることに少しずつ肯定的になっていく。1時間59分。