じつに、圧倒的な酸度を誇る酢…とても、醤油や味噌では及ばない「酢、衝撃の化学的効果」
調理の工夫で、カルシウム補給や減塩効果も
動物の骨はリン酸カルシウムが主成分であり、貝殻は炭酸カルシウムからできている。 「日本人の食事摂取基準(厚生労働省2015年版)」によると、成人では1日あたり600~700ミリグラム、成長期には800~1000ミリグラムのカルシウムの摂取が推奨されているが、実際の摂取量は推奨量の7~8割と推定される。 一方、骨や貝殻はカルシウムの宝庫でありながら可食部分ではないので、大部分が廃棄されている。 骨や貝殻は、酸性環境下ではカルシウムなどのミネラルが溶出する。炭酸カルシウムを主成分とする石灰岩が、空気中の炭酸ガスを含む弱酸性の水に溶かされて鍾乳洞を生じるのと同じ原理である。そこで、貝や骨付き肉などの食材も、食酢を少々加えて煮込むことによりカルシウムがスープに溶け出してくる。カルシウム補給にはもってこいの調理法である。 味噌や醤油を多用する日本食は塩分が多めである。しかし、健康のため単純に減塩すると、なんとも物足りない料理となってしまう。病院食などでは、こうした物足りなさを補うために、香辛料および食酢やレモン果汁などの酸味が利用されることが多い。 実際に食塩水に0.15%酢酸を加えて実施した官能試験では、味の強さが約1.7倍に増強されて感じられたという結果が得られており、食酢を上手に使うことにより料理の満足度を落とさずに減塩が達成されることが示されている。
酸の力で悪臭退散
魚料理が好きな人でも、魚に特有の生臭い臭いが漂うと食欲が失せてしまうだろう。そもそも、なぜ魚介類は生臭いのだろうか。 海水魚や甲殻類の体液の塩分濃度は約1%だが、海水の塩分は3.3~3.5%なので浸透圧を調整しなければならない。海産性の魚介類の体液には、浸透圧調節物質としてトリメチルアミン‐N‐オキシドが含まれている。水揚げされると、この物質が細菌などに分解され、トリメチルアミンが生成するが、トリメチルアミンこそが生臭さの正体である。 このような悪臭成分の大部分は窒素を含む弱塩基性の化学物質なので、酸性の調味料を用いて中和すると、空気中に揮発できなくなり臭いが消える。 伝統的な調味料である醤油や味噌も、熟成過程の乳酸菌の生育により乳酸を0.5~1.5%含むので、醤油はpH4.7~5.0、味噌はpH4.6~5.2の弱い酸性を示し、一定の臭み消しの効果を有する。しかし、食酢はpH2.6~3.3ではるかに酸度が高く、そのうえ揮発した酢酸分子がツンと鼻を突くので、臭みの消去効果も抜群である。 次回は、健康に良いと言われている「酢」について、その実力を検証しよう。 ---------- 日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密 ----------
中島 春紫(明治大学教授)