コロナ禍で進む「GIGAスクール構想」 デジタル教科書への期待と懸念
紙の教科書の優位性
東京大学大学院総合文化研究科教授の酒井邦嘉さんは、脳科学の視点から、紙の教科書の優位性を指摘する。 「教科書をデジタル化しても内容は同じだろうという暗黙の了解があるようですが、実はデジタル化で失われる情報がさまざまあります。たとえば空間的な情報。製本された本では、たとえば前半か後半か、あるいは見開きページの右側か左側か、といった位置のそんな情報も含めて、われわれの脳は記憶できます。一見、余分と思われる情報がトリガーとなって、正確な記憶を再生できるのです」
「一方、タブレットの場合は画面が一つしかなく、均質なページをスクロールするだけなので、書かれている内容の位置関係がつかみにくい。デジタル化しても内容は紙と同じというのは、乱暴な議論に思えます」 酒井さんも、デジタル端末で音声や動画を活用する意義はあると認めている。そのうえで、脳の学習効果を高めるには、紙とペンを用いたほうがよいと強調する。それは酒井さんらが行った実験が根拠となっている。 実験の概要は次のとおりだ。18~29歳の48人の被験者を、紙の手帳、タブレット、スマホを使う三つのグループ(各16人)に分け、彼らにある会話文を読んでもらう。「次のドイツ語の講義はいつだっけ?」など大学生が講義日程やレポートの提出日などを話し合う内容だ。被験者には会話文を読んだ後、それぞれの媒体(手帳、タブレット、スマホ)に、会話に出てきたスケジュールを書きとめる。その1時間後、記録した内容について被験者がどのくらい覚えているかテストした。 その結果、紙の手帳を使ったグループのほうが、タブレットを使ったグループよりも、予定に関する直接的な質問に対して成績が良かった。また、紙の手帳のグループはスケジュールを書き留める時間が他よりも短く、情報を咀嚼している様子もうかがえた。
さらに、紙とデジタル端末の利用で如実に差がついたのが脳の活動だ。 「fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で調べたところ、言語を扱う部位である運動前野外側部・下前頭回と、記憶の取り出しにかかわる海馬で、紙の手帳を使ってスケジュールを記録したグループの脳活動のほうが有意に高かったのです」 同じように答えを出したとしても、脳の活動量が違うということだ。脳が活発に働いている人は、そうでない人より豊富な情報を思い出しながら解答していると考えられると酒井さんは言う。 「紙のノートを使う時、私たちは聞いた言葉から大事だと思うところを要約して、手を動かして書きとめます。その作業によって、授業の内容を咀嚼する時間が生まれる。これが記憶の定着に重要な意味を持つわけで、一手間かけて脳に刻まれた記憶こそ、能動的に吸収した知識として定着するので、創造的な活動をするときに活用しやすくなるわけです」