子どもたちの持つ令和の価値観に取り残されないために。今知っておきたい小学校教育の現在地
総合的な学習の時間が、持続可能な社会に関する諸問題を学ぶ契機に
今の親世代の多くが小学生だった間近の数十年の間、学校教育はどのような変遷を辿ってきたのか。元日本ユネスコ国内委員会委員で、持続可能な社会の創り手を育てる教育(ESD)を20年以上も推進し続けてきた奈良教育大学ESD・SDGsセンター副センター長の及川幸彦さんに話を聞いた。 「昭和に比べて平成、令和と、環境、エネルギー、福祉や人権、ジェンダーに対する学びは確実に増えています。きっかけはいくつかあるのですが、大きかったのは2002年の学習指導要領改訂で『総合的な学習の時間』が創設されたことなんです」 及川さんによれば、総合的な学習の時間は、それまでの学校教育が対応しきれなかった地球や地域レベルの様々な総合的な課題を掬い上げる形で生まれたものだ。 「20世紀までは、国語や算数の教科書の内容を効率よく教えてペーパーテストの点数を上げられる先生が『指導力のある先生』とされてきました。一方で、顕在化する環境問題やエネルギー問題、人権の問題、食や防災の問題などは授業の中で取り組まれにくかった。そういった問題は決まった正解がなく、ひとつの教科の中で教えられるものでなかったためです。そこで、教科を横断しながら子どもたちが様々な問題に対して自ら問いを立てて取り組んでいけるような教育に、21世紀から方向転換したんです。その流れの中で2002年、総合的な学習の時間は生まれました」 2002年はゆとり教育が始まった年でもある。一部の政治家やマスコミをはじめとした各方面から、「学習時間が減ったことで子どもたちの学力が落ちた」と批判の対象とされてきたが、「実は、子ども一人一人に『生きる力』を育むゆとり教育の理念を体現する形で生まれたのが総合的な学習の時間」と及川先生は明かす。 「ゆとり教育は、クリエイティブという質的な側面で見られていなかっただけなんです。高度経済成長期はみんなが同じ力をつけて画一化された製品をつくればよかった。けれど、21世紀はそういう時代ではなくなりました。子どもたちは自ら学ぶ力や創造力、自己解決力など主体性を育んでいく必要があるとした上で、そのための『ゆとり』として総合的な学習の時間は始まったのです。立ち上げに携わった中心人物から聞いた話では、『主体性を育むためには詰め込み型の教育ではなく、子どもたちに裁量と責任を持たせることが大切』という考えがあったそうです」 及川さん自身も、小学校の教員だった2002年当時から、宮城県気仙沼市を中心に子どもたちの主体性を育みながら知見を広げていく教育(ESD)に取り組んできた。 「20世紀後半になると核家族化や個人主義の加速により、子どもたちは自然の中で遊ぶ機会や地域社会とのふれあい、世代間交流の機会などを失っていきました。体験や温もりの欠如と同時に、 学校以外で培われていたような『生きる力』が失われていくのをまざまざと見たんです。そんな状況から、地域住民や異世代との交流、自然や社会体験などを学校の取り組みの中からつくっていきたいと、総合的な学習の時間の中でカリキュラムを開発し組んでいきました」 最近では、SDGsの社会への浸透と教育施策の変化も、SDGsに関連するテーマを深く学んでいく後押しとなっていると、及川さんは語る。 「2017年に改訂された学習指導要領にはじめて前文が入りました。その中で今後の学校教育の方向性と掲げられたのが『持続可能な社会の創り手を育成する』という文言です。日本は『持続可能な開発のための教育(ESD)』の提唱国として20年以上にわたりESDを総合的な学習の時間を中心に進めてきました。そういった流れも受けつつ、今回の改訂は、日本はこれからSDGsの達成に資する持続可能な社会の創り手を育てる教育(ESD)を推進してくとの決意の現れだと言えるでしょう」