「ユーミンの奴隷」になっても好きなものを信じる――時代とともに、松任谷由実の歩んだ50年
国内CD売り上げがピークに達した90年代には、テレビドラマの主題歌となったシングル「真夏の夜の夢」「Hello , my friend」「春よ、来い」でミリオンセラーを記録した。 「流行が分かる時もある。それは今も。こういうサウンドが来るな、とか、こういう野菜が来るな、とかね(笑)」
更年期障害やメンタルの不調も味方につけて
しかし40代の後半から心身のバランスが崩れていたという。 「50代の前半まで更年期障害だったと思う。特にメンタル。大人の思春期でしたね。だからといってテンションの低い曲を出すわけではなく、それをも味方につけるという姿勢で乗り切ってきましたけど」 心を整え、体力を維持するために実践しているのは「ルーティンを持つこと」。 「朝風呂に入ったり、筋膜リリースにピラティスを組み合わせたりと毎朝1時間以上かけています。煮詰まっている人は自分に合った決め事を作ったほうがいい。体質がずっと同じだと思っていたら大間違い。だいたい4年で変わるんだから」
50周年記念のベストアルバムは『ユーミン万歳!』。選りすぐりの50曲はGOH HOTODAによって2022年ミックスにアップデートされ、何曲かは松任谷正隆によって手直しも加えられた。ドラムが差し替えられた曲やイントロが新たに足された曲もある。 「一度は完成して親しまれてきた曲に手を加えるのは、ある意味、破壊行為。でも面白いもので、破壊すればするほど『ユーミンっぽい』と言われます」 アルバムのラストを飾る新曲「Call me back」では、AIで生成された荒井由実時代の歌声と現在のユーミンがデュエットを果たしている。 ああ 聞こえる きみの声が 遠くから ああ 時を超え 明日を知っていたように (「Call me back」) 「トリッキーなアプローチなのに、昔の自分と現在の自分が不思議なくらい自然につながりました」
60周年を迎えられたら、間違いなくもうCDはない
インターネットが普及し、世の中も音楽シーンも50年で様変わりした。 「私はSNS以前の時代に遊んで逃げ切った感じ。今のアーティストはちょっと可哀想。でも昔のほうがよかったとは思わない。今の便利さを享受しているし、検索して合体させれば新たなものだって生み出せるし」 「ジェンダーへの視点も変わっていませんね。昔から自分の中に両性あると思うし。『5cmの向う岸』で歌う身長差も『DESTINY』で歌う〈安いサンダル〉もさまざまな体験と重ねてもらえるはず。時代が変わっても堪え得る曲を作ってきた自負はあります。ただ社会構造はさらに変わるでしょうね。AIの台頭による世界的な失業者の激増とか気候変動とか。雨の歌を作る時は考えちゃうようになった。単にロマンティックなアイテムとしては使えなくなってきたというか」 「レコード、カセット、CD、配信とアウトソーシングの仕様が変わっても、時代に合わせられることは合わせればいい。配信でランダムに聴かれるのも一向にかまわない。だけどオリジナルアルバムの制作にはこだわり続けたい。画家にとっての個展みたいなものだから。ただ、もし60周年を迎えられたら、その時、間違いなくもうCDはないでしょうね」