台湾映画『流麻溝十五号』が向き合う白色テロという負の歴史
<台湾の白色テロ時代の政治的迫害を描く『流麻溝十五号』には、負の歴史を大切にし、語り継ごうとする姿勢がある>
台湾で1947年に起きた2.28事件とその後の国民党政府による「白色テロ」時代については、ホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』やエドワード・ヤン監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』などを観て知った。【森達也(作家、映画監督)】 【動画】映画『流麻溝十五号』の予告編を見る 蒋介石率いる国民党政府によって起きた国民への思想弾圧や迫害の時代で、共産主義者の友人がいるとか勉強会に1度だけ参加したなどの理由で投獄され、拷問を受けたり処刑されたりした人は少なくない。 しかもこの時代は戒厳令が解除される1987年まで続いている。ちなみに『悲情城市』の台湾公開は1989年だから、戒厳令解除からたった2年しか過ぎていない。『牯嶺街少年殺人事件』もそれから2年後。台湾映画人たちの意気込みが目に浮かぶ。満を持していたのだろうな。しかも国民党は今も最大野党で、いつ政権を取ってもおかしくない存在だ。しかし忖度やおもねりなど一切ない。 だからやっぱり思う。ナチスやホロコーストの映画は1つのジャンルになっている。ハリウッドも黒人差別や先住民虐殺を映画にしている。韓国や台湾も同様。なぜ日本の映画界は自分たちの国の負の歴史を作品にしないのか。 『流麻溝(りゅうまこう)十五号』の舞台は緑島だ。白色テロの時代に思想改造と再教育を施されるために拘束された政治犯たちが隔離された離島で、最初から最後まで島以外の描写はほとんどない。メインのキャラクターは絵を描くことが好きな高校生と正義感の強い看護師、そして妹を守るために自分が共産主義者であると取り調べで嘘をついたダンサーの3人。全て女性だ。ちなみにタイトルの『流麻溝十五号』はこの島に建てられた収容所の住所だ。 当時の台湾の状況を示すように、本作の登場人物たちはさまざまな言語を使う。中国の共産党政権に追われて台湾に来た外省人である国民党政府関係者はおそらく北京語。内省人は台湾語だけでなく、日本統治時代に教育された日本語も使う。そもそも多民族社会なのだ。 実際に収監されていた女性たち6人の証言をまとめたノンフィクション本が原作だという。監督の周美玲(ゼロ・チョウ)については、これまでの作品を観たことはないけれど、ドキュメンタリーでキャリアをスタートしたと紹介されている。 それが理由かどうかは分からないが、作品全体について言えば、生真面目さが裏目に出てしまったことは否めない。遊びがないのだ。だからこそ終盤の(実際に処刑された人たちの)笑顔の写真が突き刺さる。