新入社員と指導係、ロマンチックな彼氏、外出先に現れる男…ぎょっとするような恋愛を描いた高瀬隼子の小説『新しい恋愛』とは?(レビュー)
何度も片想いをして、何人かと付き合って結婚もしたけれど、相変わらず恋愛がわからない。わからないから、ずっとぐるぐる考え続けている。 『新しい恋愛』を読んで一層わからなくなった。巻頭作「花束の夜」のキーアイテムはひまわりの花束だけれど、全話を通して、ドラマチックでビビッドで誰もが目を奪われる花束みたいな恋は一切描かれない。ただ、人が「好き」についてぐるぐる考え、ときにぎょっとするような行動に出る様子が、緻密に描き出される。 「花束の夜」では、新入社員の水本が指導係の倉岡と体の関係を持つが、入社四ヶ月後に倉岡は退職する。送別会で同僚から倉岡に渡された花束は「これいらねえから」と水本に押しつけられ、水本は花束を抱えて深夜の街をさまようことになる。回想では、社内の人間から倉岡への芳しくない評価にも言及される。水本は、他者の評価を知ったことで自身の恋愛が揺らいでしまったと感じている。表題作「新しい恋愛」の知星(ちほ)は、かつては自分もロマンチックに恋人のことを想っていたのに、今では恋人が自分にロマンチックな言葉を言ってくるのが嫌だと思っている。そしてその変化を傲慢だと分析する。 高瀬作品では、主人公が他者から何かを押し付けられることに違和感を覚え悩む姿が描かれることが多いが、皆がその状況をただ受け入れているわけではない。「新しい恋愛」の知星は、恋人からのロマンチックなプロポーズを回避するために、ある行動に出る。「あしたの待ち合わせ」の狛村(こまむら)は、十年以上もかな子に一方的に思いを寄せており、時折かな子の外出先に現れもする。怖い。でも、かな子自身は「わたしは彼が好きではなくて、だけど絶対に手放したくはないんだった」と考えている。「好き」を相手に押し付けてしまう狛村や、相手の「好き」を利用しているように見えるかな子を、最低だと断罪することは、私にはできない。 「新しい恋愛」の舞台となる近未来の世界では、学校教育に「人を愛するすばらしさ」が大々的に取り入れられており、その教えを内面化した知星の姪の美寧々(みねね)はこう言い切る。「人を大切に思う気持ちを、大事にして、ちゃんと言葉にして相手に伝えて、それで生活をずっと一緒にしたい人を探す恋愛をするのが、本来の人間らしい心で、とても良いことなんだよ」 そんなわけあるか! 恋愛なんて、全然すばらしくないよ美寧々! と叫びたくなる。恋愛のせいで、人はいらんものを押し付けたり押し付けられたり、利用したり利用されたりして思い悩む。 それなのになぜ、人は懲りずに人を好きになるのだろう。この本の登場人物たちも、揺れ動く感情を、邪魔なばかりの大きな花束のように胸に抱えながらも、恋愛そのものから遠ざかろうとはしない。この本を読んで、恋愛は恐ろしいものだと再確認したけれど、「好き」の周辺で生まれる心の機微はなにより人間くさくて、みっともなくもかけがえのないものであるように、私には感じられるのだ。 [レビュアー]早乙女ぐりこ(エッセイスト) 協力:河出書房新社 河出書房新社 文藝 Book Bang編集部 新潮社
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