米ドル円「1ドル140円超の円高」が“現実的ではない”といえる理由【経済の専門家が解説】
FRBの利下げは限定的→さらなる円高進行は考えにくい?
しかし、リーマンショック後の低金利環境が大きく変わっていることは、いまや明らかである。まずネット・スマホの普及に続いてAI革命が進行し、さらにコロナパンデミックを大過なく乗り切り、その後のインフレも着実に沈静化して、人々の楽観度は強まっている。 楽観度の高まりは、第1に大幅な利上げにもかかわらず、AI関連投資など設備投資意欲が旺盛であること、第2に株式投資意欲が高まり、株式リスクプレミアムが急低下したこと(=バリュエーションが大きく高まった)こと(図表4参照)、 第3に2017年のトランプ減税、コロナ対策のAmerican Rescue Plan Act(1.9兆ドル、2021年)、Chip-S法、IRAによる産業政策等により、財政支出が恒常的に対GDP比5%を超えるなど、財政赤字を所与とする経済が定着したこと(図表5参照)、等構造的とも思える環境変化によって支えられている。 このように米国の自然利子率(=実質の中立金利)は大きく上昇していると見るならば、FRBの利下げは限定的となり、金利は長期にわたり高止まりする可能性が高い。ここからの円高の余地は小さいと考えられる。 1995年7月のテキーラ危機後の利下げが株高とタームプレミアム縮小という好投資環境が現出したが、現在と類似している。 米国経済はソフトランディングへ 米国経済のソフトランディングを疑うべき事情はなにも起きていない。まず2%インフレに向けの足取りは確か。また8月の失業率4.2%は依然完全雇用に近く、基本的に堅調との見方は覆らない。 なにかの理由により投資家や消費者、雇用主等の経済主体の心理が急悪化しない限りリセッションは考えにくい。 心理悪化要因としては、株安、および日本の利上げが引き起こす金融不安(ブラックマンデー型)の2つが市場で想定されたが、どちらも深刻なものではなかった。アトランタ連銀による3QGDPナウは2.5%と堅調である。 注視されるクレジット・リスクプレミアムは8月初めに上昇したもののその水準は過去の危機時と比べて低く、金融市場のストレスはまったく高まっていない。株式市場のVIX(ボラテリティ・インデックス)や代表的な短期弱気指標であるプット・コールレシオが8月初めに急伸したが、それらは大きく鎮静化した。 これらファンダメンタルズに根拠を持たない市場の嵐は、過度のレバレッジ解消に伴う癇癪ととらえられる。すでに過剰レバレッジの調整は急進展しており、市場の不透明感は改善に向かう可能性が高いと考えられる。 大統領選挙という不透明要因はあるが、ハリス、トランプどちらになっても、米国の中立金利が大きく跳ね上がっているという基本線は変わらない。米国の2年債利回り3.58%、10年債利回り3.66%は100bpの利下げを織り込んだ水準。米国の市場金利はすでに循環的ボトム圏にあると考えられる。 とすれば日米金利差から想定されている140円を超えての円高進行も考えにくいとみられる。 武者 陵司 株式会社武者リサーチ 代表
武者 陵司