20代のホステスに「何か欲しいものはないか?」と…70歳医師が堕ちた〝老いらくの恋〟の顛末
厚生労働省の元麻薬取締官だった高濱良次氏(77)は、移り変わる麻薬犯罪に対して、昭和から平成までの薬物事件捜査の第一線で活躍してきた。そんな高濱氏が、当時の薬物事情や取引の実態まで、リアルな現場について綴る──。 【なぜ、こんなに…】すごい…覚せい剤で逮捕されたキタのホステスが大量に持っていた〝ブツ〟 ◆覚せい剤犯のクラブホステスから事件が発覚 この事件も、私が近畿地区麻薬取締官事務所の捜査一課長だった当時の’04年6月に『スーパーテレビ情報最前線』(日本テレビ系)で『麻薬Gメン激闘24時』として放送された事件であります。この事犯の発端は、有名なプロダクションが開催する写真撮影会でモデルをしながら、大阪の歓楽街の一つである北新地のクラブで主に勤務していた20歳代のホステスが、覚せい剤を使っているという情報を入手し、内偵捜査の後、住居を捜索しました。 【前編】観念して「よろしくお願いします」と…正座して麻薬取締官に頭を下げた暴力団幹部が辿った「末路」 その捜索では情報通り覚せい剤を発見し、その場で女を現行犯逮捕しております。その際、部屋から向精神薬『ロヒプノール』100錠(1箱)が見つかり、押収しました。『ロヒプノール』は、向精神薬で睡眠薬です。病院の医師から処方箋に基づいて処方される薬ですので、所持していても何ら問題はありませんが、譲渡したり、譲渡目的で所持すれば、麻薬及び向精神薬取締法違反で処罰されます。 医師から処方される向精神薬は、どんな病院やクリニックでも箱ごと渡されることはなく、通常は錠剤20錠とか30錠といったシートの状態で交付されるのが一般的であり、箱ごとという点に違和感を覚えました。その後の取り調べからこの向精神薬は、クラブに初めて来店した70歳の医師から、女がタダで譲り受けたことが判明しました。この医師は、警察署の嘱託医でもありました。 この医師は、接客したホステスの歓心を買うため、「何か欲しいものはないか」と水を向けたようです。するとそのホステスは、『ロヒプノール』をとっさに思いつき、あまり期待もせずにこの向精神薬の名前を挙げました。すると医師は、「後日渡す」と答えたとのことでした。その時はその場で話は終わりました。後日、医師に教えていたホステスの携帯に電話がかかり、「ホステスの家の近くに来たから、約束の向精神薬を渡す」というので、家の近くの路上で受け取ったものの、その後は住居内に放置していたようです。 ◆あくまで容疑を否認する医師 その話を受けて我々は医師が院長を務める病院を捜索しました。診察に訪れている患者を刺激しないように、病院の昼休みに15人ほどで手分けして病院と隣接する医師の自宅を捜索したのですが、あまりの突然のことに看護師たちはただただ呆気にとられていました。 医師に「先生、なんで我々が令状を持ってきたのかわかりますか?」と聞いても、「わからんわからん。法律に違反するようなことはない」「当院では向精神薬は扱わないので、そんなものはない」と容疑を完全に否認しておりました。医師の言う通り、病院内からも自宅からも向精神薬は見つかりませんでした。 捜索は長時間に及びました。まったく証拠が出ないなか、時間ばかりが過ぎていくことに、多少焦りを感じておりましたところ、捜査員の1人が膨大な伝票の束の中からたった1枚だけ「ロヒプノール100錠」と書かれている伝票を見つけ出したのです。どうやら医師はホステスにプレゼントするためだけに、看護師にも内緒で注文していたようでした。 ともかく、これでようやくホステスの供述を裏付けることができました。しかし、捜索終了後医師に任意同行を求め取り調べましたところ、「お店でホステスを問診した。確かに渡したが、医療行為の一環だ」と主張して犯行を否認したのです。 ◆他の医師たちが「医療行為ではない」と証言 この事件を立件できるかどうかは、医師が主張する女とのクラブでのやりとりが問診や診察などに該当する医療行為になるかどうかという点にかかっていました。通常は病院やクリニックにおいて医師が、問診や診察をして、向精神薬、このケースの場合には『ロヒプノール』を処方することになります。この医師は、クラブでそのホステスを問診や診察したと申し立てていましたが、場所が北新地のクラブという、とうてい問診や診察をするにはそぐわない場所だったうえに、やりとりも「何か欲しいものはないか」というような簡単なものだけでした。 はたしてこの行為が、医療行為に該当するのか、その点をはっきりさせる必要がありました。我々はいくつかの病院をランダムに抽出して医師たちに聞いてみました。すると全員が「医療行為」に当たらないと回答したのです。そのため、検事は70歳の医師を麻薬及び向精神薬取締法違反で起訴することができたのでした。 その後医師は執行猶予付きの判決となり、厚生労働省から3年の業務停止(行政処分)を言い渡されました。医師は各メディアで「老いらくの恋に道を踏み外した」と書き立てられることとなりましたが、聖職といわれる医師の立場を利用したあるまじき行為であり、非難されて然るべきだったと思います。
FRIDAYデジタル