国民の関心事はもはやデフレ脱却ではなくインフレ、与党大敗の裏にある経済認識の大きなズレ
■ 国民も理解しつつある緩和的金融政策と円安の弊害 金融市場では金融政策運営への示唆も注目される。 例えば、事前に金融市場で議論を呼んだ「日銀の物価安定目標を2%から0%超へと変更する」という立憲民主党の公約をどう考えるべきだろうか。 今回、自民党惨敗の主因は裏金問題であったとしても、上述するように物価高に喘ぐ国民生活も確実に支持率を蝕んだと言える(厳密には「国民は物価高で困っているのに裏金は良い思いをしている」といった混合的な心情もあるだろう)。 そして、物価高の背景に円安があったことは国民も理解している。 ここからは推測の域を出ないが、恐らく、その円安の遠因に緩和的な金融政策があったという事実にまで理解が及んでいる国民も少しずつ増えていると思われる。 今回、公約の中で自民党がはっきりと金融政策運営についてメッセージを発したわけではないが、就任直後、石破首相が緩和継続の要望を口にしたことは大きく報じられた。 背景として裏金問題という敵失があったのは間違いないとしても、財政・金融政策運営についてタカ派的なイメージの強い立憲民主党が躍進した以上、政治は金融市場のご機嫌取りで弛緩した金融政策運営を促すのではなく、漸次的に円金利を上げることの意義と向き合う時期に来ているという考え方もあり得る(とはいえ、断っておくが筆者は「0%超」という表現は極端すぎるため、支持はできない)。 ちなみに、米国でもユーロ圏でも利上げする時に世論の反対がないわけではない。独立した中央銀行がその必要性に鑑みて決断しているだけであり、日本にもそれが望まれるというだけの話だ。
■ 「手取りを増やす」という言葉が示す奥行き もちろん、タカ派的な金融政策の必要性を説くのは政治的にも勇気を要する。この点、確かに国民民主党が「手取りを増やす」とのメッセージで若年層の支持を取り込んだのは巧妙だった。「手取りを増やす」というフレーズは一度にいろいろな政策課題にアプローチできるからだ。 改革の本丸であるべき社会保障費問題はもちろん、円安を助長している実質賃金を押し下げる金融緩和へのけん制にもなる上に、原発再稼働を睨んだエネルギー政策にも絡んでくる(同党は原発活用に前向きである)。今後も「手取りを増やす」は使い回されていく可能性が高いし、それは悪いことではないように思える。 結局、「実質賃金の低迷」の遠因となっている円安や、これとセットと考えられている円金利の低位安定に終止符を打つことが、実体経済が復調するための迂遠な道に見えて実は王道なのだろう。 今回、「3年でデフレ脱却」を強調した自民党が大敗を喫し、金融緩和修正の必要性を説いた立憲民主党や手取り(≒実質賃金)の重要性を訴えた国民民主党が躍進した事実を踏まえれば、「もうデフレ脱却という手垢の付いたフレーズはほとんどの国民に刺さらない」と考えるべきではないか。 争点はデフレではなく、もはやインフレなのである。正しく患部を診断しなければ、正しい処方箋は与えられない。なんだか「経済が冴えない状態にある」という状態をとりあえず雰囲気で「デフレ」と呼ぶことから止めていく所作が求められているように思える。 ※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年10月29日時点の分析です 唐鎌大輔(からかま・だいすけ) みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。
唐鎌 大輔