梅酒とレモンサワーで「食中毒」対策ができる? 高知大名誉教授が寄稿
米マクドナルドのハンバーガー、山梨県の焼き鳥店での白レバーとささみ、横浜市のデパートでのうなぎ弁当……。いずれも最近報じられた食中毒問題に関する食品だが、高知大学の松岡達臣名誉教授が食中毒に関する興味深い実験を行っている。その内容を寄稿してもらった。 お尻からヒモのようなものがニョロニョロと…生魚から感染、その正体は? ■市販のレモン缶酎ハイで99%以上死滅 空腹時に口から入った微生物の多くは、pH1~2という強い酸性の胃酸によって胃の中で殺菌される。しかし、酸に対して耐性のある微生物は完全には殺菌されず、生き残ったものが腸に移行して食中毒の原因になる。 一方、弱い酸や、酒類に含まれるエタノール(エチルアルコール)は、単独では殺菌力が弱い。しかし弱い酸とエタノールを混ぜて「酸性エタノール」にすると、殺菌力が増大する。 筆者の実験では、塩酸(pH3)とエタノール(10%)の混合液で酸耐性の肺炎桿菌を懸濁処理(除菌効果の実験で最もよく行われる方法)。すると塩酸のみ、あるいはエタノールのみで処理した場合に比べて、菌の生存率は1万分の1以下にまで低下した。 この結果から、食事のごく初期であれば、酒類を飲むことで胃の中の食中毒菌を殺すことができると考えられる。しかし、食事が進むにつれ胃酸は希釈され、酒類による殺菌効果はなくなってしまう。 ■焼き鳥を食べるとき特におすすめ 一方、酸味が強い酒類なら胃液のpHとは無関係に食中毒菌を殺菌できるのではないだろうか? 酸味が強い酒といえば、梅酒、レモン酎ハイ、ワインなど結構たくさんある。そこで筆者らの研究グループ(共同研究機関:東京顕微鏡院)は、「カンピロバクター」に対する梅酒やレモン酎ハイ(缶酎ハイ)の殺菌効果を調べてみた。 カンピロバクターは、加熱不十分な鶏肉や鶏レバーなどによる食中毒の原因菌であり、近年はこの菌による食中毒が、細菌性食中毒発生件数の約70%を占めている。 写真の白い斑点は寒天培地に形成されたカンピロバクターのコロニーだ。この実験では①水②梅酒③レモン酎ハイ④焼酎水割りで菌を10分間ほど懸濁処理した後、一定数を寒天培地に植菌した。結果、焼酎の水割りでは菌はほとんど死ななかったが、梅酒やレモン酎ハイでは、99%以上の菌が死滅した。 今回実験に使ったレモン酎ハイは、レモン果汁を3%含む市販の缶酎ハイであるが、居酒屋などで出されるレモン酎ハイの酸味はそれほど強くないかもしれない。酸味が弱いと、強い殺菌効果は期待できない。 ワインの食中毒菌に対する殺菌効果については、他の研究グループによって確かめられている。たとえばカンピロバクターを赤ワインの中に入れると、菌の99.9%以上、2倍希釈したワインでも99%以上が1分以内に死滅するという。 梅酒とワインは殺菌作用を有する特別な酒として古くから知られている。その殺菌作用は、これらの酒に含まれるクエン酸などの特別な成分によるという考えが主流だ。これに対し筆者らの実験結果は、「梅酒やワインが特別ではなく、酸味の強い酒類(少なくともpH3.5以下)であれば、どれでも強い殺菌効果がある」ということを示したものとなる。 酸味の強い酒類にはクエン酸などの有機酸が含まれている。有機酸単独でもある程度の殺菌効果があるが、エタノールと混ざると殺菌効果は爆発的に増大するようだ。 では、酸・エタノール混合液には、なぜ強い殺菌作用があるのだろうか? 筆者らの仮説を紹介しよう。エタノール分子が細胞膜に入り込み、膜にわずかな隙間ができ、水素イオンなどが通過しやすくなる。すると酸性の液中に多量に存在する水素イオンが微生物の細胞内に流入し、細胞内pHは急激に下降。タンパク質などの分子が壊れ、微生物は死滅すると考えられる。 残念ながら、強力な酸耐性菌の大腸菌O-157には、酸・エタノール混合液はわずかな殺菌効果しかなかった。理由は、大腸菌O-157の細胞内には、流入してきた水素イオンを効率よく取り除いてしまう強力な反応系が備わっているためである。 最近、70%酸性エタノール(pH3~4)が、ノロウイルスをほぼ完全に不活性化することが報告されている。低濃度の酸性エタノールの場合でもノロウイルスを不活性化させる効果があるかどうかは不明だ。