【バイク短編小説 Rider's Story】朝、走る
■父親になるということ 子供ができる喜び、子供ができる不安、子供に対する責任、父親になるということ。「妊娠したよ」の一言で頭の中を駆け巡った思いが、オートバイで走りながら整理されていく。 子供ができるということは、ただ手放しで喜べることではないと思う。少なくとも家族を養う男にとってはそうだ。喜びと同時にその責任に対する不安がどこかにある。以前まで将来に向かう道の先にあった分かれ道が、少なくなっていくという心細さもある。 この辺りで唯一あるコンビニが見えてきた。車が一台もいない駐車場にオートバイを滑り込ませた。エンジンを切り、ヘルメットを脱ぐ。店内でホットの缶コーヒーを買う。 駐車場の車止めに腰かけて、ホットの缶コーヒーを飲む。かじかんだ手が幸せを感じている。エンジンがカンカンと音をさせている。 帰ったら、暖かいシャワーを浴びてまたパジャマに着替えよう。妻が起きてくるときには食卓の椅子に腰掛けて新聞を読んでいよう。何事もなかったように「おはよう」と言うのだ。 そして、「生まれてくる子供が男の子だったらオートバイに乗せてもいいかな」と聞こう。妻はなんて言うだろう。「だめよ、危ないから」などと言うかもしれない。 ■小さな夢 私はオートバイで自宅に向かっている。対向車線を走る車も少しずつ増えてきた。辺りもすっかり明るくなっている。 私が妻に言いたいセリフをヘルメットの中で口に出してみる。 「生まれてくる子供が男の子だったらオートバイに乗せてもいいかな」 私の中に小さな夢が生まれた。子供ができることで増える将来の選択肢もある、と今気づいた。 東の空から眩しい太陽の光が差し込んでくる。 やわらかくなった風を顔に受けながら、私は交差点をゆっくりと曲がっていった。 <おわり> 出典:『バイク小説短編集 Rider's Story 僕は、オートバイを選んだ』収録作 著:武田宗徳 出版:オートバイブックス
武田宗徳