訪日外国人客の争奪戦に勝つ 浅草のすしにぎり体験専門店
ある大企業からの要望がきっかけで、すしにぎり体験を提供することに
訪日外国人客を意識したのはいつごろか。 中野里陽平代表(以下、中野里氏):築地場外が観光地化し始め、訪日外国人客が増え始めた2008年ごろです。旅行会社からエージェント経由で「外国人のお客様にすしのにぎり体験と、おいしいすしランチを提供してほしい」という依頼がありました。ある世界的に著名な大企業の社長や役員の奥様5~6人に頼まれたサービスを提供したところ、大変喜んでもらえた。ただ食べるだけではなく、自分たちで実際にすしを握るという体験は、エンタメ要素があって受けると分かりました。 なるほど。旅行会社の要望に応えたのが訪日外国人を意識するきっかけだった。 中野里氏:イレギュラーな依頼だったため、すぐにはビジネスとしての具現化はできなかったが、外国人のお客様から依頼があったら対応できるよう、サービス内容を吟味するようになった。また、とりあえず和製英語でもよいので、訪日外国人がすしネタを英語で覚えてもらうために、英語のメニューを作成した。 本格的に動き出したのはいつか。 中野里氏:10年からで、まずは築地玉寿司晴海通り店でスタートした。当初は年1~2回の予約しかなかったが、お客様の喜んでいる反応を見て「この企画は外国人にウケる」と踏み、大手旅行業者に企画をプレゼンした。そのかいあって、東京五輪が決まった翌年には、にぎり体験のお客様で連日、にぎわうようになった。それを聞きつけ、海外のメディアでも取り上げられるようになり、23年からは玉寿司本店2階にある「鮨本店上ル」、24年からは「築地すしくろ銀座インズ店」と3店舗に拡大した。
ベジタリアンが半分を占めるインド人100人がすしにぎりを体験
すしにぎり体験は、じっくり時間をかけて構築していったとのことだが、文化や風習の違いから苦労されたこともあったのではないだろうか。 中野里氏:13年に晴海通り店で、旅行会社からインド人のお客様100人のすしにぎり体験予約が入ったことがあった。そのうち半分がベジタリアン、残りの半分がノンベジタリアンの方々だった。ベジタリアンは、魚に触れるのも見るのもNGだった。そこで、野菜のにぎりずしで対応した。海鮮の代わりに、ナス、オクラ、シイタケ、プチトマト、パプリカなどを使ったところ、大変好評だった。 大変だった分、好評だったのは、喜びも大きかっただろう。順風満帆だったかと思うが、それに水を差すことになった新型コロナウイルス禍は、どういう状況だったか。 中野里氏:商業施設に多く出店していたため、30店舗中24店舗も閉めることになった。開けていた路面店6店舗でデリバリーやテイクアウトを行ったが、売り上げは90%ダウンになった。ただ、コロナ禍のタイミングで働き方を見直すきっかけになり、これからは、匍匐(ほふく)前進でいこうと決めた。 コロナ禍が明けた現在、業績はどうか。 中野里氏:今期(24年1月~12月)は、19年を超えることができる見込みだ。すしにぎり体験をもっともっと盛り上げていきたい。 今後の展望を聞かせてほしい。 中野里氏:海外から来るお客様に、すしのおいしさや文化を心を込めて伝えたい。新しい仕掛けとしては、11月29日、名古屋で手まりずしの店「東京てまり鮨 こたま」をオープンさせた。今までにありそうでなかった一口サイズの手まりずしで、「おいしくてカワイイ」を目指す。 ●取材を終えて すしにぎり体験は、日本人の著者が参加しても面白かった。むしろ日本人だからこそ、日本食の代表である、すしをより知るために体験すべきかもしれない。白衣や職人帽を着用した筆者は、まるで親方みたいな貫禄が出てしまったが、コスプレ的要素が加わって楽しさが増した。 訪日外国人客の中には、自分で握ったすしを食べない人もいるそうだが、いかに日本のすし職人がすばらしいかを実感していただくためにも、ぜひとも食べ比べてほしいものだ。 当たり前かもしれないが、全く同じネタとシャリなのに、スキルだけでこんなに味の差が出ることに、改めてすしの奥深さとミラクルさえも感じる。外国人の友人を連れて、また体験してみたい。 今年も「負けない外食」をご拝読いただき、心から感謝である。2025年も読者の皆さんが応援で行きたくなる、負けないで奮闘するお店やそこで頑張る人たちをクローズアップしていきたい。よい年をお迎え下さい。
SHiGE