2029年には米大統領? バンスとは何者か:その人物像と思想
反・巨大IT企業で親トランプに
バンスは2016年、半生の回想『ヒルビリー・エレジー』を著して注目を浴びた。ラストベルトの白人貧困層の悲惨な家庭生活と、そこからの脱出をつづった本だ。ヒルビリーとはアパラチア山系一帯に住む貧しい白人に対する蔑称である。「白いくず」と呼ばれ、黒人奴隷以下に見られていた時代もあった。バンスの回想は当時トランプ現象の底流にいる人々の悲惨な姿を見事に伝えているとみなされ、大きな波紋を広げた。 当時のバンスはトランプを否定的に見ていた。ヒトラーに例えたことさえある。他方で、貧困から脱出しベンチャー投資家となり、その頃からピーター・ティールと組んで仕事をするようになった。オンライン決済サービス、ペイパルなどの創業者で「シリコン・バレーのドン」の異名をとるティールは、当時ほとんどが民主党支持だったIT業界にあって、当初からトランプを支持した1人だ。ティールの存在が、バンスをトランプに結び付けた。バンスは22年中間選挙でのオハイオ州選出上院議員選に出馬して当選、さらに今回のトランプ前大統領による副大統領候補指名でもティールの後押しを受けた。 上院議員となったバンスはグーグルをはじめ巨大IT企業の分割に取り組もうとした。バンスがバイデン大統領の連邦取引委員会委員長となった革新的な反トラスト法専門家リナ・カーンを高く評価していることも見逃せない。ティールやその仲間である起業家イーロン・マスクら「テクノリバタリアン」もグーグルなど巨大IT企業の独占的地位を競争妨害だとして敵視するから、方向が一致する。ただ、その関係だけからバンスの思想を考えると見誤りそうだ。
カトリックに改宗した底流
バンスは、2019年にカトリックに改宗している。もとはアパラチア山系一帯に多く住み着いた「スコッツ・アイリッシュ」の家系の出で、プロテスタントだった。この改宗と相前後して、同年から始まった「国民保守主義(ナショナル・コンサーバティズム)会議」に加わった。同会議は、トランプ時代の保守主義の形成を目指して、従来の保守主義とは一線を画して始まった。レーガン時代から共和党政権の中心にあったネオリベラル経済政策やネオコン主導の対外政策を全面否定し、「アメリカ・ファースト」の国内政策重視とナショナリズムを強調する新しい運動だ。 この運動には中間層の怒りを背景に起きたトランプ現象を好機とみて、米国の政治・経済・社会を根本からつくり変えようとするさまざまな思想集団が加わっている。ティールやマスクらテクノリバタリアンたちも一角にいる。ただ、バンスに強い影響を与えているのは、むしろ次の二つの集団だ。一つは「ポストリベラル」と呼ばれる思想集団である。代表的論客は『リベラリズムはなぜ失敗したか』(2018年)を著したパトリック・デニーンだ。プロテスタンティズムに根差す建国以来の個人主義的社会や資本主義の在り方に批判的な思想家である。デニーンをはじめポストリベラルにはカトリックが多い。個人よりも家庭やコミュニティを重視するコミュニタリアン的傾向がある。 『ヒルビリー・エレジー』の執筆を通じて半生を回想する過程で、バンスは現代米国を批判的に見てカトリックへ改宗していった。その詳細は、本人がカトリック系雑誌への寄稿で明らかにしている。妊娠中絶反対の強硬姿勢はカトリック信仰に由来する面がある。 現代米国のネオリベラルな経済体制への批判から、バンスはもう一つの新しい保守派集団である「改革保守派(リフォーモコン)」のシンクタンクである「アメリカン・コンパス」とも連携するようになった。リフォーモコンも「国民保守主義会議」に参画している。同シンクタンクは20年に発足、従来の規制緩和や小さな政府の保守派経済政策を批判し、中国との地政学的対抗も踏まえた米国の製造業復興のための「産業政策」などを提唱してきた。トランプ前政権ばかりでなくバイデン政権の半導体産業支援(チップス法)にも影響を及ぼした。 共和党副大統領候補として一時名前が挙がったマルコ・ルビオ上院議員もアメリカン・コンパスと連携しており、いまワシントンで最も注目されている組織といえそうだ。バンスやルビオは、米国の製造業復活と雇用機会拡大、労働者保護、金融機関や巨大IT企業の肥大化阻止などで民主党左派とも連携してきた。トランプ現象以降の民主・共和両党の関係には対立ばかりでなく、新しい傾向ものぞく。