欧州が覚悟する地上軍ウクライナ派遣とプーチン核使用のリアリティー
プーチンが交渉の可能性に繰り返し言及する真意
では、ロシアも、ウクライナも、という西側にとっても、どういう形になったら「勝ち」といえるのか、もしくは停戦できる状況になるのか? プーチンはここに来て次のようなメッセージを繰り返して発している。プーチンの真意をどう理解すべきか? ・ロシア側には交渉を用意はある。 ・ロシアによるウクライナ侵攻直後の2022年2月28日に始まった両国による停戦・和平交渉を経て2022年3月末から4月半ばにかけて作成された「イスタンブール・コミニュケ」がその出発点になり得る。 ・これを拒否しているのはウクライナ側である。 まず、このイスタンブール・コミュニケの内容を確認する必要があるだろう。2024年4月16日、米外交専門誌フォーリン・アフェアーズが掲載した論文「ウクライナでの戦争を終わらせたかもしれない交渉」によると、あの時点でロシアとウクライナは以下の点ではほぼ合意に達していたという。 ・ウクライナは永世中立かつ非核保有国になる。 ・ウクライナは軍事同盟への加盟または自国領内に外国軍基地や軍隊の駐留に関するあらゆる意図を放棄する。 ・ロシアを含む国連安全保障会議常任理事国並びにカナダ、ドイツ、イスラエル、イタリア、ポーランド、トルコがウクライナの安全保障を供与する。もしウクライナが攻撃に晒され、支援を要請した場合、全ての保障国はウクライナならびに保障国間との協議の上、ウクライナの安全保障を回復する支援を供与する義務がある。具体的な措置としては、飛行禁止区域の設定や武器の供与或いは保障国の軍隊による直接介入が明記されている。 ・ウクライナのEU加盟を促進する。 ・両者はクリミアを巡る論争については今後10~15年かけて解決する。 ・なお、ロシアがウクライナへの「特別軍事作戦」開始の主目的として掲げた非ナチ化と非軍事化に関してはロシアがウクライナに対してナチズムやファシズム、ネオナチズムの禁止やソ連時代の歴史問題にかかわるウクライナの6つの法律の廃止を求めたが、これはウクライナ側が拒否した。また、ウクライナが保有し得る軍事力に関しても双方の主張には大きな隔たりがあり、これらの点については合意には達していなかった。 ・また、ロシアが既に占領しているウクライナ東部や南部の領土や国境線の問題についてはプーチン大統領とゼレンスキー大統領の首脳会議で決着が図られるとの考えから、一連の交渉ではこれらの問題への言及は意図的に避けられていた。 このように、まだ未解決の問題はあったものの、この時点でロシアとウクライナの間では停戦・和平についてかなり具体的な交渉が進んでいたのである。では何故、一連の交渉は最終的に決裂してしまったのか? 従来、この直後の明らかになったロシア軍によるブチャやイルピンでの民間人に対する非人道的な行為の結果、ウクライナ側が態度を硬化させたことが主な理由と考えられてきた。 これに対して、プーチン政権はウクライナは停戦・和平合意を締結する意向があったにも関わらず、西側諸国、特に米国と英国がこれに拒否権を発動したため、決裂したとの主張を行っている。 本論文の筆者によれば、この何れも完全には正しくないという。まず、ブチャやイルピンでの非人道的行為が発覚した後も、両者の間では最終合意に向けて交渉が続けられており、二次的理由にはなり得たが、決定的な理由とは言えなかった。 一方、米国がこの停戦・和平交渉を真剣に受け止めなかったのは事実だが、その最大の理由はいわゆるウクライナへの安全保障の供与に関して、ウクライナから事前の打診が全くないまま、このイスタンブール・コミニュケの内容が独り歩きしたからだという。 なお、イスランブール・コミュニケ案に明記された関係国が負うべきウクライナへの安全保障供与の義務は北大西洋条約機構(NATO)第5条で明記されたものより具体的であり簡単に受け入れられるものではない。 むしろ米国としては、ウクライナへの兵器供与を優先し、ゼレンスキー大統領も停戦・和平合意の絶対条件である自国の安全保障の供与に関する関係国との合意に目途が立たない中、ある時点から西側の武器支援を受ければロシアに対して勝利できると考え始め、ロシアとの一連の交渉から離脱したという。