僕らは宇宙を「老化させる」ために生きている...池谷裕二が脳研究から導く「生きる意味」
<東京大学薬学部教授で脳研究者の池谷裕二氏が、新著『夢を叶えるために脳はある』で解き明かす「生きる意味」について聞く>
累計43万部を突破した脳講義シリーズ『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』。東京大学薬学部教授で脳研究者の池谷裕二先生と高校生たちとの臨場感あふれるやりとりに、夢中になった方も多くいるのではないでしょうか。それらに続く、15年ぶりとなる最新作『夢を叶えるために脳はある』(講談社)が、2024年3月に発刊されました。 【動画】2100年に人間の姿はこうなる 『夢を叶えるために脳はある』に込められた「意外な意味」とは? 池谷先生の脳研究への原動力についてもお聞きします。 (※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です) ■『夢を叶えるために脳はある』に込めた意味 ──前作から15年ぶりに『夢を叶えるために脳はある』を出版された背景をお聞かせください。 『単純な脳、複雑な「私」』を書きあげたときは、「丹精込めてすべて書いたから、もう新たに書くことはないだろう」と思っていました。一方で、「あと10年も経てばきっと書きたいことが出てくるだろう」と想像する自分もいた。実際、前作から10年後に講義をしてみると、当時の科学技術ではわからなかったこともあり、語り尽くせていない点があったなと気づきました。 本書の内容の一部は、東大生や他の大学生にも講義をし、試行錯誤を経た後に、高校生10名への全3回の連続講義でお話した内容を再構成したものです。参加者はみな、春休みでも自主的に学校に通って脳について学ぼうとする意欲にあふれた高校生たちで、前のめりに講義に参加してくれました。 当日の流れややりとりをできるだけ忠実に再現しつつも、本当に伝えたかったことを講義にいなかった読者にも正しく伝わるよう工夫しています。『夢を叶えるために脳はある』は脳講義シリーズの完結編であり、いま一番思い入れがあって、一番好きな本ですね。 ──本書の3章構成はどんな構想のもとにつくられたのでしょうか。 最終的に読者に伝えたいメッセージは、タイトルの『夢を叶えるために脳はある』でした。これは、脳は仮想現実をつくり出すためにある、という意味です。私たちは、脳が捉えた世界の中で、脳を使って生きている。そんな脳の機能と意義について考えることが一貫したテーマです。 ただ、いきなり結論を伝えても通じません。私たちが身につけてきた難攻不落な常識を徐々に崩していくために設けたのが、第1章と第2章。講義1日目と2日目にあたります。 1日目は、脳を顕微鏡のレベルでミクロに眺めたり、行動や精神のレベルからマクロに捉えたりして、脳の不思議さを紹介しました。2日目は、人工知能と脳の比較をしながら、脳独自の特徴とともに脳研究の意義を語りました。そのうえで、3日目にあたる第3章では、脳の挙動をとことん探究することで「私」という存在の真相を抉っていきました。 本書は約670ページと長大ですが、私なりの「脳観」を示すためには、このボリュームが必要でした。最後まで読んでくれた方の中には、「池谷さんにしか書けない、オリジナリティの高い本だね」とおっしゃる方がいます。解説書なので、何か新たな発見を書いたものではありません。ただ、説明に使うたとえや言葉に独自性があるのだと。身近な言葉なのに、その使い方が新鮮で意外性があるので、理解が深まりやすいのだと捉えています。 ■脳研究が導く「生きる意味」とは? 本書は、読者への「人生の応援歌」 ──本書の中で、「脳について理解を深めて人生に活かしたい」と考えるビジネスパーソンに特に伝えたい内容はありますか。 生きていると、「人生の目的なんてあるのか」「なぜこんなに一生懸命働いているのだろう」などと、不安感やストレスに襲われることがあります。その感情に蓋をしているとモヤモヤが残っていく。本書は、そうしたストレスに対する免疫力をつけるための「人生の応援歌」でもあるんです。 ──「人生の応援歌」ですか。 第3章で、「私たちは宇宙を老化させるために生きている」と書きました。宇宙のエントロピー増大の法則に則り、これを推し進めることで宇宙の老化を助けている。つまり、食事や呼吸、排泄などを行い、生きているだけで役に立っているんです。そこに虚しさを感じるかもしれません。ですが、私の場合は、生命の原理が「少なくとも価値があるんだよ」といっているのかと、ものすごく肯定された。どうせ生きるなら楽しく生きよう、と。