「役作りは一生懸命やらない」と江口のりこが語る理由とは 「愛に乱暴」公開記念対談 吉田修一×江口のりこ
吉田修一『愛に乱暴』(新潮文庫)が映画化され、8月30日より全国公開となる。『湖の女たち』、『国宝』(2025年公開予定)と著作の映画化が続く吉田さんと、吉田作品2度目の出演で主演を務める江口のりこさんが、灼熱の撮影現場を振り返った――。 【写真を見る】撮影秘話を語りつくした吉田修一&江口のりこ ***
〈桃子は、夫の実家の敷地内にある離れで暮らす主婦。一見、平穏な生活を送っているが、夫には不実の影があり、常に姑の視線にさらされている。居場所を失いつつある桃子は、誰にも言えぬ激しい衝動に身を委ね……。『悪人』『さよなら渓谷』『怒り』『湖の女たち』など、映画化の話題が引きも切らない作家・吉田修一さんが、愛とは何か、〈家〉とは何かを問うたベストセラー小説『愛に乱暴』を、CM、ドラマ、ドキュメンタリーと幅広く活躍する森ガキ侑大監督が映画化。公開に先駆けてチェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭に出品され、主人公の桃子役を務めた江口のりこさんの演技が絶賛された。かねて江口さんのファンを公言する吉田さんと、「原作が面白過ぎてヤキモキした」という江口さん。二人が語る「追い詰められた主婦」桃子の魅力とは。〉
一瞬で一目ぼれ
吉田 初めて「江口のりこ」という女優を認識したのは、映画「横道世之介」(2013年)でした。アパートの廊下に面した小さな窓から顔を出すだけの役なんだけど、一瞬で大好きになってしまった。僕が敬愛する映画監督で、ペドロ・アルモドバルというスペインの巨匠がいますが、彼の映画で主演を張れる日本人女優がいるとしたら、それは江口さんだけだと思ったんです。 江口 それはうれしいです。私も好きな監督で、作品もほとんど観てます。 吉田 初期の「グロリアの憂鬱」とか「神経衰弱ぎりぎりの女たち」とか、あのあたりの作品に江口さんの雰囲気がぴったり。あれから11年、いまでは江口さんを見ない日はないです。
「本当に困ってしまって…」
江口 『愛に乱暴』が刊行されたのも11年前なんですね。小説を読んだ時、すごく面白い作品だと思いました。桃子は、大変なピンチに立たされてるのに、家でぽつりと独り言言ってクスクス笑ったり、なんか憎めない人なんですよ。夫の浮気相手が住むマンションを電車に乗って訪ねる緊迫した場面で、「荒川を越える時の爽快な気分が忘れられず、今日も楽しみにしている」と書かれている。楽しみにする!? そんな場合じゃないでしょ……みたいな、面白い描写がたくさんあって、つい笑っちゃいました。ところが脚本では、そういう部分が削ぎ落とされて、ストイックでシンプルなものになっていた。小説には、魅力的な登場人物がいっぱい出てくるのに、そういう人たちも出てこないから、あれもない、これもない、どうしようって本当に困ってしまって……。 吉田 小説は薄めだけど文庫で上下巻本ですからね。映画にするためには、桃子の話にフォーカスするのが一番よかったと思います。小説の中に、自分がとても気に入っている場面があって、それが脚本で削られていたのにはちょっとがっかりしたのですが、完成試写を観たら復活していて、江口さんがイメージ通りの桃子を演じてくださっていた。