多くの日本人が誤解している…じつは盲腸の手術が「難しい」と外科医が語るワケ
医者は手術前に何を考えているのか。子どものお腹にメスを入れる瞬間、どう思っているのか。『患者の前で医者が考えていること』の著者で小児外科医の松永正訓氏が明かす、医者の本心とは――。 【マンガ】「人の焼けるにおい」「骨を切断する音」…オペ室看護師が見た、手術室の中
手術前日は、解剖学の復習です
明日、自分にとって難しい手術がある場合、やはりそれなりに準備をします。まず解剖学ですね。手術とはある意味で解剖学なんです。体の中がどうなっているか。筋肉があって、靭帯があって、血管があって、神経があって……その他たくさんです。 そういった解剖の図譜を、すべて頭の中に叩き込む必要があります。 逆に言えば、解剖学さえちゃんと分かっていれば、患者家族には難しそうに思われても、医者にとってそうではない手術もあります。前に肺の部分切除は難しくないと言いました。それは、手術が解剖学の図譜通りに進むからです。ここを縛って切って、そこを縛って切って、と繰り返していけば必ずゴールに辿り着きます。 みなさんがよく誤解するのが、「モーチョー(急性虫垂炎)の手術は簡単」というものです。私がクリニックで鼠径ヘルニアの診断を付けて大学病院へ紹介状を書くと、よく保護者の方から「それって難しい手術ではないですよね? モーチョーのようなものですか?」と聞かれます。 違います。この手術は難しいのです。 なぜならば、急性虫垂炎というのは「炎症に対する手術」だからです。炎症を起こすと、正常の解剖の形が崩れます。お腹を開けても、解剖学の教科書通りの光景にはなっていないのです。本来見えるはずの血管も見えないし、虫垂本体だって炎症に埋もれて周囲と一塊になっていることがあります。 しかし、それでも基本は解剖学なんです。崩れた解剖を徐々に正常に戻していって最終的に虫垂を切除するわけです。 手術の基本は解剖学です。解剖学に始まり、解剖学に終わると言っていいでしょう。
絵を使った手術の予習
ただ解剖学を頭に入れるのは最低限必要なことですが、これだけで十分ではありません。私が研修医のとき、初めて鼠径ヘルニアの手術を執刀する際に、指導教官の先生から「模擬手術」というのをやってもらいました。白い大きな紙に、子どもの腹部の絵を描いて、手術の真似をするのです。 指導教官が「最初にメスはどれを使う?」と聞き、私が「〇〇番の円刃刀を使います」と答え、「どこを何センチ切る?」と聞かれれば、「〇〇(専門用語なので省略)を2センチ切ります」。こんなふうに、ゴールに至るまで手術の予習をするのです。 1時間くらいかかったりします。 こうした本格的な模擬手術は、初めての手術のときだけ指導教官が付き合ってくれます。ですが自分がある程度ベテランの領域に到達しても、自分一人で模擬手術をやっていました。