多くの日本人が誤解している…じつは盲腸の手術が「難しい」と外科医が語るワケ
ベテランでも怠らない「模擬手術」
外科医は手術を終えると、精密な手術所見という記録を残します。どういう手順で何を行ない、その結果どうだったのか、手術の始まりから終わりまでを細かく書いていきます。また、手術のときに見えた光景を写実的に絵にします。 手術所見はカルテに綴じて保管するのですが、私はすべての手術に関して必ずコピーを取って自分で保管していました。このコピーが外科医としての自分の財産であり、また、手術書になるのです。宝物ですね。 私の先輩の医師は、この手術所見をなんと手術前に書いていました。何時間もかけて。これには驚きました。つまり、これがその先生にとっての模擬手術なんです。明日、やるべき手順を全部書き出していたのです(もちろん、手術が終わったら、正式な手術所見を書きます)。 私はそこまではやりませんでしたが、空中で腕を上下左右に動かし、心の中で、まず、こうする……次にこうすると呟きながら、手術の手順をすべて予習していました。 これが私にとっての模擬手術です。手術中に手順が分からなくなり、立ち往生してしまったら、それは外科医として失格です。 ですから、私が外科医として手術前にやっていることは解剖学の確認と手術手順の予習(模擬手術)です。
手術前は心地よい緊張感
医者も、けっこう神経が張りつめた状態になっています。 では、こうした緊張状態がしんどいかというと、それはちょっと違います。読者のみなさんも会社で明日にプレゼンを控えていたりすると緊張するでしょう。でもそれがイヤなことかと言ったら、ちょっと違うのではないでしょうか。 難しい手術に挑戦するということは、自分が一段梯子を登るということです。それがうれしくないわけがありません。はっきり言えば、ドキドキする気持ちよりも、ワクワクする気持ちのほうが勝るかもしれません。 外科医というのは手術しなければ陸へ上がった河童も同然です。存在意義がありません。だからうまい手術をしたいという気持ちが常にありますし、手術をすることで外科医として高みに上がりたいという欲がいつもあります。 以上のように、外科医が手術の前に考えていることは、その手術が淀みなく流れるように進み、出血が最小限で手術時間が短く、思い通りの目的を達成できる……そういったことが実現できるように最大限の準備をしようということです。 私は44歳まで大学病院にいましたが、最後までそういう準備は怠らなかったと思っています。ただ、もう少し手術をやりたかったという思いは残っています。 当時の自分には小児外科の手術に関して何でもできるという万能感のような自信がありました。開業医になると、あの「心地よい緊張感」をもう味わうことができないので、そこははっきり言って少し寂しいです。 外科医は手術の前に、解剖学の復習と模擬手術を欠かさない 手術によって外科医は成長するので、手術前はワクワクしている ・・・・・ 【つづきを読む】『医者の“本気度”がアップする…! 診察時に絶対尋ねたほうがいい「2つの質問」』
松永 正訓(小児外科医)