パリオリンピック2024に向けて、セーヌ川再生の物語 川で泳ぐ競技は開催できる?
技術者40人が結集した地下貯水設備
パリの地下鉄オステルリッツ駅近くの地下には貯水施設があり、オリンピック競技用プール20面分の雨水をためられるようになっている。地下鉄はこの巨大建造物の上を走っていて、3年半の間、乗客は建設の様子を見ることができた。 コンクリートでできたこの貯水施設は何本もの支柱で固定され、支柱は地下80メートルの深さに達する。地上はいずれ緑地になる予定だ。この貯水施設は、セーヌ川を泳げるようにする計画の要となる。 パリの下水道は、その大部分が19世紀の技術者であるウジェーヌ・ベルグランの遺産だ。雨水も汚水も、地下に張り巡らされた巨大迷路のような下水道に流され、重力に従ってパリ郊外の処理施設へ運ばれる。 しかし、豪雨のときは道路の冠水を防ぐため、セーヌ川に通じる排水弁が開けられた。今回建設されたような貯水施設があれば、そうしたシナリオを防げる。40人の技術者チームによって開発された地下貯水設備は、優れた技術の賜物だ。 パリは非常に整然とした街だ。地下には採石場跡や地下鉄のトンネル、下水道、ガス管、電線が幾重にも張り巡らされている。こうした都市機能が密集する中、地下トンネルを掘り、セーヌ川の下に配管を通し、雨水を流せるようにした。地下貯水施設にためられた水はその後時間をかけて下水道に放流され、水処理施設に運ばれた後、川に戻っていく。
かつてのような、人々のための川へ
だが、これで終わりではない。2023年8月には雨で川の汚染レベルが急激に上昇したため、水泳競技のテストイベントの中止が相次いだ。激しい暴風雨になればオリンピック競技への影響もあるかもしれない。それでも2023年の夏には、10日間のうち平均で7日はセーヌ川での遊泳は可能だという科学的測定データが示された。現在までに、さらに3つの集水設備と雨水貯留設備も新たに稼働を始めている。 最終的に目指すのは、かつて車道だったセーヌ川沿いの道が歩行者の道になったように、セーヌ川を人々の手に戻すことだ。 まもなく、セーヌ川はオリンピック開催で大きな脚光を浴びる。新たに作られる公共の遊泳スポットは、温暖化で猛暑になった夏の間、セーヌ川のほとりに暮らす人々が涼をとる場所になるだろう。10代の若者は水辺にたむろする。アスリートは競技用コースで競い合う。子どもたちは思い切り川に飛び込む。かつて人々がそうしていたように。 さかのぼること1900年、1回目のパリ五輪では、水泳選手はセーヌ川で競った。さらにもっと前、17世紀の快楽主義者は裸でこの川を泳いだものだった。そしてはるか昔、川沿いに街ができる前から、何世代にもわたって人々はセーヌ川のほとりで暮らしを営んできた。ときにはセーヌ川の水に浸りながら。
文=Mary Winston Nicklin/訳=夏村貴子